イエメンコーヒーの分類

イエメンコーヒーの分類は、とにかく混乱している。とりあえず歴史順に従って、記述に徹してみよう。

イエメン栽培種※ただし北イエメンに限る

最初にイエメンのコーヒーの植物学的な特徴に言及したのは、エチオピアのコーヒーを13種類に分類した、シルヴェインである。シルヴェインは1950年代に北イエメンでの現地調査を行ったが、新芽がブロンズ色または緑色でアラビカ(あるいはハラール)と似たタイプと、新芽が緑色でブルボン(あるいはイルガレム)に似たタイプの両方が見られる、という程度の記述に留まっている。


続いて、1975年、1984年にFAOが行った北イエメンでの調査で、何種類かのコーヒーノキのタイプについて、現地名と共に記録しているようだ。

このとき記録された現地名は

  • ウダイニ(Udayni)
  • ダハイリ(Dahairi、ダワイリ)
  • トゥファハリ(Toufahari)
  • マタリ(Matari)
  • ハマディ(Hamadi)
  • ジャーリ(Jaari)
  • シブレギ(Shibreghi)
  • ショウテリ(Shoutaeli)

の8種類であるが、これらはいずれも現地の農民の間でのみ通用していた呼称(現地名)であり、このうちの幾つかは同じ種類のものを別の名で呼んでいるものだと考えられた。

イエメン栽培種※ただし南(以下略

北イエメンでの調査結果ではサンプルの収集は行われず、記録も曖昧なものにならざるをえなかったが、1989年にEskesらが行った南イエメンの調査は、非常に詳細なものとなった。Eskesらは南イエメンで主要だったコーヒーの生産地である、ヤファー(Yaffaa)とルスド(Rusud)の両地区と、その西にあるダーラ(Dhala)の3箇所*1での現地調査を行い、多くのコーヒーノキを観察して、下記の6タイプに分類しただけでなく、22種類の種子サンプルを収集して持ち帰っている。

  1. エッサイ(Essai)
    • ヤファー地区の古い農園によく見られるタイプ。"from Ayasa"の意味で、ヤファー地区の代表的なコーヒー産地であったアヤッサという谷に由来すると考えられたことで、この名が付けられた。
    • いくつかの特徴からティピカに似ているが、果実はより小さくて丸く、新芽の色は明るいブロンズ〜緑色である点が異なる。北イエメンの"ウダイニ"(Udayni)との共通点が多い(下記のOdayniiと紛らわしいが)
    • 実の付き方は年ごとに安定しており(隔年性がなく)、生産性は高く成長力が強い。樹は平均的なサイズであり、4mほどに伸びる。幹や枝が非常にしなやかであり、第一側枝を上に向けて曲げて育てることが出来るため、いくつもの幹が生い茂って伸びた形態になる。節間は平均的な長さ。葉は平均的な大きさで、形はティピカに似るがばらつきがある。果実は中間〜小型の楕円球形。種子は比較的小さく楕円形〜丸みを帯びた形で、一定の割合でエレファントビーンが見られる。
  2. オダイニ(Odaynii)
    • バリエーションに富んだタイプで、訪れたすべての土地で見られた。"coming from Udayni"の意味で、北イエメンのウダイニに由来するコーヒーノキだと考えられたため、この名が付けられた。ただし、形態的には北イエメンの"ダハイリ"(Daha〓ri)と共通する点が多いようだ。
    • 成長力が旺盛で、若木の生産性は高いが、年が経つと剪定をしないと生産性が落ちる。隔年性の傾向が強く、表年の翌年には枝の「立枯れ」*2も生じる。樹形はエッサイにやや似るが、高さはやや高く、しなやかさでは少し劣る。
    • 新芽は明るいブロンズ〜緑色。葉は平均的からやや大きめで、総合的に見るとエッサイより若干大きい。形はブルボンとティピカの中間だが、大きさ形ともにばらつきが大きい。種子は中間的なサイズで、楕円〜細長い形で、エレファントビーンの混じる割合は全体に低い。しばしば胚乳が未発達になり、形の異常や溝などが見られる。
  3. テッサウィ(Tessawi)
    • ルスド地区の新しい農園で好んで植えられた、成長力の強いタイプ。"from Tessa"という意味で、ルスド地区のテッサという谷に由来することからこの名が付いた。一部の農民は"マタリ" (Matari) と呼んでいるが、北イエメンのマタリとは異なるため混同に注意。北イエメンの"シブレギ"(Shibreghi)に似る。
    • 成長力が強く高生産。樹は、横に広がらずに円錐形に育ち、12年で5-6mに生長する。新芽の色はブロンズで生長した葉は濃緑色。果実は太く、しばしば種子の形成に異常が見られ、エレファントビーンの割合が50-80%と非常に高い。
  4. カティイ(Katii)
    • ルスド地区高地の古い農園に見られる。"from Katy"の意味。
    • 生産性が高く、発育はエッサイとオダイニの中間。新芽はブロンズ〜明るいブロンズで、葉はティピカとブルボンの中間的な形で平均的な大きさ。果実は大きく細長い楕円形で、種子も同様に大きく、ほっそりとした楕円形である。エレファントビーンはほとんど見られない。
  5. ルディア・コンパクト(Ludia compact)
    • ダーラ地区のルディア谷の低地にのみ見られる。現地名がなく、調査時にこの名がつけられた。
    • エッサイを小さくしたものに似る。成長力はやや弱く、枝は垂れ下がり気味で、節間は短い。新芽は明るいブロンズで、葉は小さく、ティピカに似た形状。果実と種子はともに小さくて、円形に近い楕円形で、エレファントビーンはほとんどない。
  6. ヒューレ・コンパクト(Hewle compact)
    • ルディア谷の隣のヒューレ谷にのみ見られる。
    • オダイニを小型化した感じだが、テッサウィとも関連が見られる。成長力が強くて、コンパクトにまとまって生長する。生産性は良好。新芽は明るいブロンズ。成長した葉は濃緑色で、ブルボンに似た形の、非常に大きな葉を付ける。果実は中間〜大型で、円形に近い楕円形。種子も同様だが、エレファントビーンの割合は高め。

南北統一後

南北統一後の状況については、"Moving Yemen Coffee Foward"に記載がある。近年の研究者の間で、標準的なタイプが4〜6種類と意見は分かれているものの、少なくとも4種類の独立したタイプがあることについては、意見が一致している*3

  1. ウダイニ(Udaini)*4
    • 樹高2〜4mで葉は垂れ下がる。果実は中型で丸いか、あるいは平たい。収穫は年一回。標高的には中〜高いところ(〜2000m)で最もよく見かける。
  2. ダワイリ(Dawairi)*5
    • 樹高1〜4mで葉は丸い。果実は大きくて丸く、通年収穫。イエメン栽培種の中では最も標高の低いところ(〜1700m)で生育。
  3. トゥファーイ(Tufahi)*6
    • 樹高2〜6mで葉は細長い。大きいリンゴ型の果実を付け、隔年性。ダワイリより標高のやや高いところ(〜2000m)まで生育。
  4. ブラーイ(Buraa'i)*7
    • 樹高1〜3mで葉はピラミッド型。果実は中〜大型で丸〜楕円、通年収穫。イエメン栽培種の中では最も高地(〜2500m)にまで生育可能。

イエメン各地で見られるコーヒーノキのタイプ(local type)の多くが、ウダイニとの共通点を持っているため、恐らくはウダイニがイエメン栽培種の「原型」に近いものではないかと考えられているようだ。

まかり通る源氏名現地名

北イエメンでの初期の調査でも少し触れたが、イエメンのコーヒー栽培において、「コーヒーの種類/タイプ」は地方地方で様々に呼ばれている。これらは「現地名 (local type names)」と呼ばれるものであり、いわゆる「モカマタリ」などにも見られるように、どちらかというとこの現地名の方が幅を聞かせてたりするのが現状だ。植物学的に見ると、これが非常にややこしい。

同じ栽培品種が地域ごとに別の名前で呼ばれる、なんていうのはまだ序の口で、同じ品種なのに同じ地域の中で複数の名前で呼ばれていたり、ある地域とある地域でそれぞれ同じ名前で呼ばれているものが別物だったりと、非常に厄介な状況になっている。また一部は、上述してきた品種名と共通するものもあれば、そうでないものもあり、その境目もはっきりとはしない。


さらに、イエメンではコーヒーノキのタイプの名前(≒栽培品種名、現地名)が、そのタイプが主に見られる地名から名付けられているものが多い。これもまた混乱を生じている原因の一つだ。例えば「マタリ」という名称が、「バニ=マタル地域で集荷された」という産地名を指す場合と、バニ=マタル地域に多く見られるコーヒーノキのタイプの名前を指すのかは判らない。


ただまぁ折角なので、"Moving Yemen Coffee Forward"に挙げられている、行政区ごとの現地名(栽培品種名を含む)についても記述しておこう。

  • サヌア (Sana'a)地区
    • マタリ(Mattari)、ダワイリ(Dawairi)、ダワラニ(Dawarani)、トゥファーイ(Tufahi)、シュブリキ(Shubriqi)、ハラジ(Harazi)、イズマイリ(Ismaili)、ジャアディ(Ja'adi)、ハウリ(Hawri)、フブリキク(Huburiqik)、シュブリジ(Shubrizi)、ハイミ(Haimi)、サナニ(Sanani)
  • サダ (Sada, Sa'dah、サダー)地区
    • ダワイリ(Dawairi)、トゥファーイ(Tufahi)、ウダイニ(Udaini)、コラニ(Kholani)
  • マフィート (Mahweet, Al Mahwit)地区
    • マファイチ(Mahwaiti)、トゥファーイ(Tufahi)、ブライ(Burrai)、ウダイニ(Udaini)、ダワラニ(Dawarani)、メルハニ(Melhani)、フファシ(Hufashi)
  • ハジャ (Hajah, Hajjah、ハッジャ)地区
    • シャニ(Shani)、サフィ(Safi)、マスラーイ(Masrahi)、シャミ(Shami)、バジ(Bazi)、メザニ(Methani)、ジュアーリ(Jua'ari)
  • アムラン (Amran, 'Amran)地区
    • ウダイニ(Udaini)、トゥファーイ(Tufahi)、イズマエリ(Ismaeli)、ダワイリ(Dawairi)、グアディ(Gu'adi)
  • ザマール (Dhamar, Thamar、ダマル)地区
    • ダワラニ(Dawarani)、ジャアディ(Ja'adi)、トゥファーイ(Tufahi)、ウダイニ(Udaini)、ファディイ(Fadii)、シャラフィ(Sharafi)
  • イッブ (Ibb)地区
    • ウダイニ(Udaini)、サアファニ(Sa'afani)
  • タイズ (Taiz, Ta'izz)地区
    • ハムマディ (Hammadi)、ウダイニ(Udaini)、トゥファーイ(Tufahi)、ダワイリ(Dawairi)、メルハニ(Melhani)、フファシ(Hufashi)
  • フデイダ (Hodeidah, Al Hudaydah、フダイダ、ホデイダ)地区
    • ダワイリ(Dawairi)、トゥファーイ(Tufahi)、スガリ(Sughari)、クバリ(Kubari)、ウダイニ(Udaini)、ジャアディ(Ja'adi)、ジャディ・シュブリキ(Jadi Shubriqi)、ブラーイ(Bura'ai)、ブライ・フファイニ(Bura'i Hufaini)、フファシ(Hufashi)、ジャベル・ラス(Jabel Rass)
  • ラハジ (Lahj, Lahij、ラヒジ)地区
    • ヤフェイ(Yafei')
  • アビヤン (Abyan)地区
    • エッサイ(Essai)、クディ(Qudi)、バナン(Banan)、タサワイ(Tasawai)、ヤフェイ(Yafei)
  • ダーレ (Dhale', Al Dali')地区
    • ヤフェイ(Yafei')、ロデアス・マドゥグード(? Lodeas Madhghood:おそらくルディア・コンパクト)、ハウラ・マドゥグード(? Hawla Madhghood:おそらくヒューレ・コンパクト)
  • ライマ (Raymah)地区
    • ライミ(Raymi)、ダワイリ(Dawairi)、ブラアエ(Bura'ae)、クバリ(Kubari)、ウダイニ(Udaini)
  • アル・バイダ (Al Bayda)地区
    • ヤフェイ(Yafei')
  • マリブ (Marib, Ma'rib)地区
    • エッセイ(Essaei)

*1:ヤファーとルスドは、それぞれアデンの北100kmほどの山地の西寄り(ラハジ県)と東寄り(アビヤン県)に位置した。ダーラ(またはダーレ)はラハジ県で、ヤファーよりもさらに西。

*2:隔年性が強いものでは、ある年に枝一杯に実が付くと、栄養の不足と葉における光合成が阻害されることで、枝が黒く枯れてしまうことがある。これを立枯れ(die-back)と呼ぶ。

*3:植物学的な特徴についてはおそらく原著の方にもっと詳しく書かれていると思うのだが、エジプトで出版されたものなど、文献の入手が困難だ。

*4:ウダイン (al Udayn) はモカの北東に位置する、イッブ州西端の都市の名前。

*5:"dawair"は、英語でいうところのsectionやcommuneに当たり、地区や集落を意味する言葉らしい。ウダイニと比べて、標高の低い「人里」に近いところでも栽培できたことから付いた名前か?"Dawairi"は「丸い」という意味だそうなので、訂正。果実/豆の形が球形であることから来たと思われる。

*6:"tufah"はリンゴの意味。実の形から付いた名前と思われる。

*7:ブラ (jabal bura') はフデイダ東部にある高い山の名前。高地で生育可能なため、ここで栽培されていたものであろう。