エチオピアコーヒーの分類

エチオピア野生種への関心が本格的に高まったのは、20世紀に入ってからだ。その背景には、コーヒーさび病の蔓延と、耐さび病品種を探索するという目的があったことは、以前(http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100517#1274086121)解説した。

1930年頃、耐さび病品種の探索の目的から、インドネシアに、イエメンやエチオピアコーヒーノキが運ばれ、栽培されたと言われる。また、イギリス領ケニア*1では、Coffee Research Foundation (http://www.crf.co.ke/ 1908年設立) が、1930年代にイエメンのコーヒーとともにエチオピアのコーヒーを採集し、種苗コレクションを集めはじめた。1950年代には、Inter-American Institute of Agricultural Sciences(現在のIICA:米州農業協力機構)の調査団がエチオピアの各地に趣き、多数のサンプルを採集した。このアメリカのコレクションにケニアの種苗コレクションも合わせられ、ブラジルのIACやコスタリカのCATIEをはじめ、世界のコーヒー研究所にも分与された。これらは非常に多くのタイプを含む多様なものであるが、アビシニア (Abyssinia)、あるいはUSDA (The United States Department of Agriculture, アメリカ農務省)の名で総称されることがある*2


このときの調査結果のうち、Inter-American Institute of Agricultural Sciencesの研究者、ピエール・シルヴェイン(Pierre G. Sylvain)によって1955年に発表された論文*3の中で、13タイプに分類したものが現在でもしばしば引用されており、おそらくこれまでの中では整理されたものだと言えるだろう。


エチオピアやイエメンの品種名の多くは、現地の地名から取られたものが多いのだが、現地名を英語で表記する過程で、かなりの表記ぶれを生じている。そのため本来の発音についても文献からは推測しにくいし、これまで日本語の文献で記載されることがなかったものが大半だ。そのため、以下の英語表記やカタカナ表記については、かなり曖昧な部分があることを予めお断りしておく。

1950年代以前の分類

スパレッタ(Spaletta)は1917年、エチオピアの「コーヒー豆」を4種類に大別している。エチオピアコーヒーの分類は、主にコーヒー豆の性状のみで行われていた。これは「取引業者」としては自然なことであったが、コーヒー豆だけから得られる情報は極めて限られており、植物学上の分類としては弱いものである。

  1. エナリア(Ennaria またはナリア Narria)
    • きれいな緑色の小型の豆で優れたアロマを持つ。さらにカファ(Kaffa)とエナリア(Ennaria)の二つに細別され、カファはより小型で濃緑色、エナリアはやや大きめで薄緑色である。
  2. アラロ(Arraro またはアラリノ Arrarino)
    • 大型の豆で、さらに、「アラロまたはロングベリーハラー Long berry Harrar」とイトゥ(Ittu)の二つに細別される。アラロ/ロングベリーハラーの方がより細長く、イトゥの方が小さい。
  3. ジー(Zeghie)
    • 大きく平たい豆で、他のタイプよりも丸みがない(less rounded)。後に生長不良や未熟なエナリアと同じものと言われた。
  4. ゲンテル(Gentel)
    • ? 製法の違いによるもの


また、ブランザンティ(Branzanti)は1942年、エチオピア南西部ジンマ地区(Jimma)に2種類のタイプのコーヒーノキがあることを記している。非常に地域は限定されているが、生豆以外のコーヒーノキの特徴まで記載されている点では価値があるものだといえるだろう。また、このジンマ地区の「マロ」が、当時エチオピアで高級品だと思われていたことも伺える。

  1. マロ(Malo)
    • ジンマの南にあるマロ地区から伝わったと考えられていたもの。樹の特徴は揃っており、葉は細長く、新芽はブロンズ。生豆は高品質で収量も高く、形も揃っている。
  2. ジンマ(Gimma, Jimma)
    • 樹の特徴はまちまちで、葉は大きめで細く、ときどき垂れ下がる。生豆は膨らんでいて短く、マイソール(インド)に似ている。

シルヴェインによる分類

シルヴェインらは1950年代初頭に、エチオピアの現地調査に向かい、エチオピア国内の様々な地域のコーヒーを、栽培されているか自生しているかを問わず、サンプルとして採集した。彼らはまた、ケニアで集められていたエチオピアのコーヒーのサンプルも入手して解析を行っている。

  1. S2-エナリア(S.2.-Ennarea, Ennaria)
    • おそらくスパレッタが記載したエナリアと同じもの。シュヴァリエC. arabica var. abyssinicaと記したものの特徴にも最も近い。新芽は緑色で、大きな果実(長さ14〜21mm、幅9〜17mm)を付けるのが特徴。
  2. S3-ジンマ(S.3.-Jimma)、S12-カッファ(S.12.-Kaffa)、アンフィロ(Anfilo)
    • 通常コーヒーの実はサクランボのようにシンプルな丸い形になるが、このグループはいずれも、伸びた萼(がく)が成熟した実にも残り、グアバのような形になるのが特徴。新芽は一般に緑色で、果実は中程度の大きさ(長さ15〜16mm、幅11〜12mm)だが、生育環境によっては小さくなる。
  3. S4-アガロ(S.4.-Agarro,Agaro)
    • S3-ジンマやS12-カッファなどに似るが、萼は発達せず、やや大きめの葉を持つ。農園でのみ見られるタイプだが、非常に古い農園で見つかったため、当初は完全に野生だと混同されたそうだ。
  4. S6-チョチー(?妥当なカナ表記は不明 S.6.-Cioccie, S.6.-Cioiccieとする文献もあり)
    • S4-アガロに似るが、果実と生豆が非常に丸いのが特徴で、果実はほぼ球形に近い。
  5. S17-イルガレム(S.17.-Irgalem)
    • 葉が小さく、新芽は緑色で、茂みのように茂って伸びるのが特徴。ケニアにはダレ(Dalle)という名前で持ち込まれた。ダレは、シダモ州の州都であるイルガレムの別名。
  6. ディラ(Dilla)
    • 新芽がブロンズ色で葉が大きい。シダモ州のディラ地区で一般的に見られる。ケニアのコレクションにあったもの(="S+数字"でのナンバリングされていない)
  7. S8-タファリケラ(S.8.-Tafari-Kela、タフェリケラ)
    • S17-イルガレムとディラのちょうど中間の性質を持つ。新芽は明るいブロンズ色で、葉は中間的な大きさ。採取されたのもイルガレムとディラ地区の間なので、両者のハイブリッドである可能性がある。
  8. S9-アルバゴウゴウ・レッドチップド(S.9.-Arba Gougou Red tipped、アルバゴウゴウ赤芽)
    • 新芽の色が特徴的で、赤みがかった色になる。珍しいタイプで、アルッシ(Arussi)州にあるアルバゴウゴウ農園で見つかったもの。1940年にシフェリ(Cifferi)が報告したものと恐らく同じ種類だと思われる。ハラール州のバッカ農園でも同じものが見つかっている。
  9. S10-ハラール(S.10.-Harrar, Harar、ハラー)
    • エチオピアのコーヒーではもっとも有名なもの。非常に生い茂って育ち、沢山の実をつける。新芽の色はブロンズで、しばしば非常に大きくなる。ハラール州の中でハラール市やチェルチェル(? Cercer)地区で見られる他、アルッシやシダモでも一部栽培されている。スパレッタはこのタイプがイエメンのホデイダ地区に渡り、イエメン栽培種の元になったのではないかと考察しており、シルヴェインもこの説を支持している。
  10. S13-ゼジー(S.13.-Zeghie)
    • S2-エナリアに良く似ているが、果実はわずかに小さい。タナ湖の湖岸にのみ見られるが、この地域は他の地域と気候が大きく異なるため、エナリアと同一である可能性もある。スパレッタが報告したゼジーと同じものと考えられ、品質は高くない。
  11. S14-ロウロ(S.14.-Loulo)
    • シルヴェインらも乾燥した果実しか確認していない。果肉に多くの油を含んでいて、きれいな生豆はあまり取れない。シダモ州ではよく知られている。
  12. S15-ウォルキッテ(S.15.-Wolkitte, Uolchitte)
    • ショア州にあるウォルキッテ(Wolkitte)の町の南、デジェバ(Dedjeba)という村で見つかった。S10-ハラールの直接の祖先と思われる特徴を持つ。生い茂って育ち、葉は大きく、新芽は緑色である。南西部にあるガム・ゴファ州(Gamu-Gofa)で発見された、バブク・スダン(Babuk Sudan)もこれと似たタイプであった。
  13. S16-ウォラモ(S.16.-Wollamo)
    • 新芽の色は緑とブロンズの両方のタイプがある。果実の先端が平べったいため、果実全体が四角くなるという特徴を持つ。

*1:東アフリカには、1910年頃にさび病が発生していた

*2:厳密には、これらのうちインドネシアスマトラで栽培されたものを、そう呼ぶことが多いようだ。

*3:Pierre G. Sylvain (1955) "Some observations on Coffea arabica L. in Ethiopia.", Turrialba 5: 37-53.