講義が終わった後の雑感

講義後、バッハの田口さんや、焙煎機「マイスター」の開発を担当された岡崎さんとお話する機会がありました。田口さんからは実際の焙煎での体験から見て、(今回紹介させていただいた)焙煎の理論がどこまで現実にマッチし、どの程度乖離しているかを知る重要なヒントをいただき、岡崎さんからは、職人という観点から、また工学分野の専門的な見解などから、非常に実り多い助言をいくつもいただきました。


雑感その1

実は、職人や技術者の物事の考え方というのと、私自身の考え方には共通する部分が多いです。というのは、私は学者というか研究者であり、その中でもいわゆる「実験系」である、実験生物学の研究者だからです。実験生物学では、まず実験に先立って理論や作業仮説(こうしたらこうなるはずだ)を立て、それを証明するための実験を行い結果を出していくのが「いつもの仕事」の進め方です。このとき、本来の作業仮説とは異なる結果が出た場合、もちろん途中の実験に不備がないかをよく検討はしますが、それでも結果と理論が食い違うようなら、それは必ず「現実の結果の方が正しい」と判断します。頭の中でどれだけ美しい理論を描いたとしても、それが現実と食い違う限りは、ただの空論でしかありませんから。実験して結果を出し、得られた結果を一つの論文にしてまとめていくのが、我々研究者の日常の仕事なのですが、通常、論文に載せているデータというのは氷山の一角にすぎません。一つの図、一つの表を作るためには、その10倍近いデータや表に出てない予備実験などがあり、そうした地味な部分の積み重ねがあって初めて、論文として世に出せるだけのものが出来上がります。


#この辺り、同じ研究者でも、理論物理学などの「理論系」の場合はまるっきり事情が違い、理論が先行してそれを後から実験で証明することになるわけですが。


「コーヒーを科学的に捉える」という状況においても、私のスタンスというのは基本的には変わりません。しかし残念ながら、取り巻く状況から、私個人がそういったデータの積み重ねをしていくのには限界があります…もし状況が許せば(一応、そのためのアクションもやってないわけではないんですが)、信頼できる材料を使って信頼できる装置で焙煎を繰り返し、抽出を繰り返し、それぞれの試料を科学的に分析し、そこで初めて、理論を構築していくべきだ、というのが正直なところです…が、現状ではそれが出来ないわけで。そんな中で、「この現状でも出来ることを」ということでずっと続けているのが、他の研究者が出した論文をチェックすることであり、コンピュータを利用した基本モデルを作るということだったりします。


それに加えて、数年前からはバッハコーヒーの御厚意により、実際に業務用の焙煎機を使った場合にどうなるかということを何度か体験させていただいてます……やはりどうしても、実際にやってみて初めて見えてくる部分というのは大きいものですので。しかし、これもどうしても一度に試せることは限られているので、「積み重ね」と呼べるほどの確信を得るには至らない部分も大きいです(とは言え、やはり0と1とでは大違いなので、私にとっては非常に意義が大きいことなのですが)。ここらへんの「薄っぺらさ」が、自分自身でも「理論」を述べながら、自分自身でも「本当にこの内容で合ってるのか」という不安を抱えつづけてる部分なのです。これを解消するためにも、他の方々の豊富な経験や知見とも摺り合わせ、その経験が本当に信頼できるものならば、そちらに向けて理論の方を修正しながら、最終的には、手網や焙烙から、業務用のドラム式、フルードベッドまで、すべてのケースに応用可能な焙煎についての理論体系を作り上げたい、というのが、(大風呂敷ながら)私の目標です。


#同様に、抽出についての統一理論体系とかも構築したいし、風呂敷は大きく広がる一方ですが。


雑感その2
これは昔から薄々自覚してたことなんだけど、つくづく私は「スペシャリスト」ではなく「ジェネラリスト」体質なんだなぁ、ということ。どんな分野に関しても、そこそこの部分までは掘り下げることが出来るのだけど、最後の部分では結局、その専門領域だけを長年掘り下げてきた「本物の専門家」には適わない、という。前述のバッハコーヒーの人脈から、前述の岡崎さんのような「本物の職人」や、あるいは香り関係でも、そういう「本物の専門家」に会わせていただく機会に恵まれたのだけど、その都度勉強になる反面、自分の不勉強さや中途半端さを痛感してます。


元々はどの分野であろうが、その道のスペシャリストになりたい、というのが、研究の道を志したそもそもの動機だったので、未だにそういった方々に会うとすごく尊敬するし、憧れるのだけど…ジェネラリストにはジェネラリストなりの使命ややり方もあるのだろうし、またそういった本物のスペシャリストから見ても「まぁそのくらいに説明してれば及第点かな?」と思ってもらえる程度には正しい、そういう内容のことを喋れるようになりたい。そう思った講義でした。


雑感その3
日帰りで講義しましたが、翌日はかなりへばってました(日曜でよかった)。もうちょっと体力つけにゃ……。