NHK「あさイチ」10/15放送に対してツッコミ

昨日(10/15)のNHKあさイチ」で、「女性のためのコーヒー学」と称して、コーヒー特集が組まれてました。内容としては「コーヒーと健康」に関する話題が中心でした。放送時間の関係で、生では観れなかったのですが、録画して内容をチェックしました。

まず総評として。ところどころ間違いや怪しい話も多かったですが、生出演されてた野田光彦先生のおかげで、あまり変な方向に脱線することなかったと思います。他の出演者や司会役の方の言い方では誤解を生じるだろう部分もあったので、ちょっと不安ですが。特に野田先生が、「予防ということではないのですが…」などと言う言い回しを使っているところなどはポイントで、ここを変に「判りやすくまとめようとした言葉」では意味が変わってきますので、聞く側のリテラシーも必要になります。


以下は、気を付けるべき内容。順不同です。

「コーヒーポリフェノールで美肌に」??

最初の辺で取り上げられていた話題で、これが今回の大テーマの一つだったと思います…が、この部分の科学的信憑性は高くありません。ビデオ出演されてたお茶水大の近藤先生は、確かにコーヒー関連の研究もされてるようですが、きちんとした形になっている論文は、ネスレとの共同研究である、次の一つだけです。

これは、日本人のポリフェノール摂取の多くがコーヒーに由来することを示した論文で、番組でも触れられていた内容です。しかしこの論文に、肌がどうこう、という結果は載っていませんし、これ以外には近藤先生が書いたコーヒーに関する論文は見当たりませんでした。また少なくともPubMedで検索した範囲では、近藤先生のポリフェノールに関する論文は見つかりますが、その皮膚への影響を検討した論文もないようです。


「そんなはずはない、番組冒頭に、でかでかと『論文要旨』と書かれたのが出てたじゃないか」と言われるかもしれませんが、少なくともWeb上で検索した限り、該当する「ちゃんとした論文」はありませんでした。引っかかってきた情報は

ここに「資料名:日本栄養・食糧学会大会講演要旨集」と書かれており、これは正規の論文ではなく、学会発表です*1。ただ普通、講演要旨にあんな仰々しい「表紙」を付けることはありませんし、普通の日本語論文でも表紙の書き方をあんな感じにする(「論文要旨」とでかでかと書く)ことはないはずなので、どこか内部で使ったもの…ネスレとの共同研究みたいなので、ネスレの社内報か、ひょっとしたらこの研究で卒論や修論を書いた人のものかもしれません…の可能性もあると思います。何にせよ、きちんとした査読を受けて発表された「正規の学術論文」とは思いがたいです。

今まさにiPS細胞に関する虚偽論文騒動が話題になっていますが、単なる「学会発表」に飛びつかないとか、その論文がちゃんとしたものかどうかを見極めることの重要性、という意味では通じる部分があるかもしれません。


「でも実際、番組の実験では…」というのは、テレビで流すのは説得力を増やすための映像であって、いわゆる「実験ごっこ」の域をでないものだから、という簡単な説明でいいよね ^^; ……これまでも民放とかでさんざん話題になってきたことだし、視聴者側のリテラシーが大事、ということで。あれを見て、つい信じてしまったという人は他にも引っかかりやすいかもしれないので、気をつけた方がいいかもしれません。


もちろん、今はまだ論文の投稿中なので出てきてない、もう少ししたら出る予定だ、という可能性もありますが…そういう場合は、きちんと論文が掲載誌に受理(accept)されてから発表するのが筋なので、その点でもちょっと首をかしげたくなる部分はあります。ただ何にせよ、そうした形できちんと内容を精査できるような形で発表されないことには、評価のしようがないのが現状です。今後、きちんとした査読を受け、ちゃんと学術的な手続きを踏んだ論文が、近藤先生とネスレから出てくることを期待します。


一方「ちゃんとした論文」での研究結果はどうなってるのか、というと、過去にブラジルとトルコで行われた2つの疫学調査の結果があります。

しかし、どちらの調査でも「コーヒーは皮膚の老化に関係しない」という結果が出ています。過去の結果を見る限り、残念ながら「コーヒーで美肌」というのは、今のところは期待薄のようです。ただ、実はこれらの研究は、昔ささやかれていた「コーヒーを飲むと肌が衰えるんじゃないか?」という疑いを晴らすものだったので、そういう意味では「安心して飲める」ことを支持する結果が得られてます。

*1:学会発表をするときには、事前に表題や演者と共に、発表内容を短くまとめたもの(要旨)を送付して申し込みます。この要旨をまとめたのが要旨集です。場合によって要旨の内容をチェックして発表していいかどうかの審査を行う学会があります。

コーヒーとアレルギー

番組後半、視聴者からのメール/FAXに野田先生が回答する中で「カフェインやコーヒーでアレルギーに」というものがありましたが、この部分は野田先生の回答がよくなかったと思います…アドリブでの対応なので仕方ないとは思いますが、「コーヒーを飲んでアレルギーを起こす人がいる」かのようにも受け取られかねなかったので。


実際、いろいろ見聞きしてると「私はカフェインにアレルギーがあって…」とか「コーヒーにアレルギーがあって飲めない」と言う人は結構みかけます。が、それがもし「本当にアレルギー」なら、担当した医者が論文(症例報告)を書いて、世界に発表できるくらい珍しい事例です。実際のところ、それらの多くは「自称・アレルギー」であって、本当の意味でのアレルギーではないのが大半…とか言うと、反感持つ人もいるかと思いますが、いわゆる「病気としてのアレルギー」と、「カフェインに敏感」というのは別物なのですから、医学的表現として正確ではないのです。


実は、世界に目を向けると「コーヒーによるアレルギー」と書かれた論文は割と見かけます。が、それらはいずれも、コーヒー生産者やコーヒー生豆の運搬を行う人たちに起きるアレルギーについて論じたものです。コーヒーの生豆の表面には、チャフまたはシルバースキン(銀皮)と呼ばれる、非常に薄い皮が付着しています。その一部が、生豆を扱っている際に剥がれて小さな塵や埃になり、それを大量に吸引した人でアレルギーを起こす人がいるのです。これが医学上、一般に「コーヒーアレルギー」と呼ばれてるものの正体です。


このアレルギーはチャフに対して反応するものであって、焙煎豆やコーヒー飲料そのものには反応しないことも報告されています。生豆を焙煎する過程で、熱処理によってアレルゲンの大部分が壊れて失われてしまい、また豆全体を覆っていたチャフの大部分が焙煎過程で剥がれてしまうことによります。したがって、このタイプの「コーヒーアレルギー」の人は、普段から生豆を大量に扱う仕事をしていて、しかも飲み物のコーヒーには反応しないものだと言えます。なお、このアレルゲンの正体はチャフに含まれている、何種類かのタンパク質だと考えられています。そのうちの最初の一つが今年になってから、はじめて同定され Cof a 1(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22722540)と名付けられています。その正体は、キチナーゼというタンパク質であり、カビの細胞壁を分解することでコーヒー豆がカビから身を守るために使っている感染防御タンパク質だということが判明しました。


またこのタイプの「コーヒーアレルギー」以外に、きわめて稀なケースとして、カフェインによって蕁麻疹やアナフィラキシー(急性のアレルギー反応)を起こすケースが報告されています。

…これで全部です。これまでに世界中で、蕁麻疹を起こす人が3例、アナフィラキシーを起こす人が1例、報告されています。ひょっとしたら「自称コーヒーアレルギー」の方の中に、歴史上5人目となる患者さんがいるのかもしれません。その場合、担当医の先生が上にあげたような論文を書いて、世界に発表できるくらいの「事件」になるでしょう。


…まぁ混ぜっ返しはさておき、では「自称コーヒー(カフェイン)アレルギー」の方は一体どういう人なのか…これは正直、その人その人によるので一概には言えません。ただ例えば、カフェイン代謝酵素には遺伝子多型と呼ばれる、遺伝子上での小さな違いがあることが報告されているので、生まれつきカフェインの代謝能力が低く、副作用などが出やすいという人もいるかもしれません*1


またもう一つアレルギーに関しては、コーヒーそのものがアレルギーを起こさなくても、花粉症その他のアレルギー症状を悪化させるのではないかという指摘があります。ただ、これについては今のところ医学的にきちんとした報告はないようで、よく判らないのが現状です。その一方で、カフェインにはテオフィリンと同様に気道拡張作用があるため、ぜんそくの症状を緩和させるなど抗アレルギー的な作用があることが報告されているので、少なくともコーヒーやカフェインが単純にアレルギーに対して良くないということはなく、むしろ抗アレルギー薬として使われるケースもあるということは知っておいていただきたいところです。

*1:…他方、単なる「思い込み」にすぎない人がいることも十分予想されるのですが

その他、細かいところ

「クロロゲン酸は1948年に発見され」
実際に発見されたのは1837年です。RobiquetとBoutronが報告した "Über den Kaþee von Robiquet und Boutron." Ann Pharmacie 23:93–95 (1837)が、その最初の記述だとされています。ただしクロロゲン酸(Chlorogenicsäure)の語を最初に用いたのはPayen (1846) です。おそらく、1948年に発表された論文 http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ac60019a007 を最初の報告と勘違いしたことによると思います…僕も以前、これが最初だと勘違いしてたような記憶が。
「浅煎りの方がカフェインが多くて朝の目覚めに」
バリスタの方が説明してましたが、未だにこんな説明をされるようでは困ります。浅煎りと深煎りとでのカフェイン量は「ほとんど差がない」と説明するのが正しいです。深煎りにしたときに減るカフェインの量は、たかだか数%程度にすぎません…つまり「一杯当たり100mg」と言っていたのが「一杯あたり97mg」になるとか、そういうレベルの違いです。その程度の違いなのですから、目を覚ます働きとかに差はでません。特に番組の後半では妊娠中への注意などを喚起していたのですから、妊婦さん方が真に受けて「深煎りならカフェイン少ないはずだから」と過剰摂取するリスクにつながりかねない、危険な説明です。
「コーヒーを飲むとお通じが良くなる?」
メール/FAXでの質問で、野田先生は「むしろ便秘になるんじゃ…」と答えてましたが、実際にお通じが良くなる人がいるという報告が出ています(下記の文献)。いわゆる「介入試験」と呼ばれる、実際にヒトに飲ませたときの影響をみた実験ですが、被験者の約30%で大腸ぜん動運動の亢進が見られるという結果が報告されました。この作用はヒトによって、出たり出なかったりするものだと考えられます。またデカフェでも作用が見られることから、カフェイン以外の何らかの成分によるものと考えられますが、その作用本体は判っていません。