「スペシャルティ」への潮流

さてここで一旦、この当時の、世界の(というよりアメリカの?)コーヒー事情を見ておこう。


1960年代の初頭に締結された、国際コーヒー協定(ICA)により、コーヒー生産国には輸出割当の上限が決められ、また協定に加盟した消費国は加盟生産国からのみ輸入することが義務づけられた。このことは、生産国の無秩序な増産に歯止めをかけてコーヒーの価格暴落を抑止すると同時に、米ソ冷戦下においてアメリカを中心とする西側諸国が加盟消費国となって、いわば「買い支え」を行うことで、生産国に経済的安定と向上をもたらすという点で、少なくとも一定の成果を上げたと言ってよいだろう。


一方アメリカでは、1960年代にコーヒー焙煎業者での価格競争が激化し、原料価格削減の動きが高まった結果、生豆の品質が低下した*1。この結果、高品質の生豆を要求する声が、一部の消費者やコーヒー業者の間で高まっていった。これが現在の「スペシャルティコーヒー」の、先駆けにあたる動きである。1974年に"The Tea and Coffee Trade Journal"誌上で、Erna Knutsen女史が"Specialty coffee"という造語を初めて用い、その端緒*2を開いた。また1980年代になると、いわゆる「アザーマイルド」と呼ばれていた中米産のウォッシュト(水洗式)コーヒーの品質が高まり、アメリカ人の嗜好がこれとマッチしたことも重なって、その人気が上昇していった。しかし、もともと中米諸国はブラジルなどの大生産国と比べてICAの輸出割当が低かったため、いくら人気が上がってもアメリカへの供給量には限りがあった。その一方で、当時の中米生産国では、割当を超える分をソ連など共産圏のICA非加盟国に輸出していたのである。すなわち、世界最大のコーヒー消費国アメリカは、ICAを通じて世界のコーヒー生産全体を下支えしていながら、その国内では流通するのは低品質なものばかりで、高品質なアザーマイルドへの需要が高まっても十分に供給されず、非加盟国に美味しいところを持っていかれるという、皮肉な状況に陥っていた。輸出割当量を変更したくとも、ブラジルやコロンビアなどの大生産国も大きな発言力を持つICOではアメリカ一国の主張を押し通すこともできず、アメリカ国内のコーヒー業者は、このことに大いに不満を抱き、ICO/ICAに対する批判も拡大していった。1982年にごく一部のコーヒー業者だけで設立された、SCAAアメリスペシャルティコーヒー協会)は次第に膨れ上がり、いまや世界中に派生して一大ムーブメントになっていることは衆知の通りだが、ここに至る「アメリカでのスペシャルティコーヒー追求の動き」は、つまるところこのようなアメリカのコーヒー事情を背景にして、現在まで繋がっている。


そして1989年、米ソの冷戦が終結したこの年*3、加盟国間での見解の相違のために、ICAの輸出割当制度が停止する事態に陥った*4。この結果、各国の生豆在庫が市場に流入したことで生じたのが、1990年の、いわゆる「第一次コーヒー危機」である。


この結果、生産国では、これまでのような形でICO/ICAが頼りにできない状況に陥り、消費国の(というより、最大消費国アメリカの)ニーズに合った「高品質による差別化」の動きが本格化する。いち早く対応したのは最大生産国ブラジルで、1991年、生産国側としては初めて、スペシャルティコーヒー団体である、ブラジルスペシャルティコーヒー協会を設立している。次いでコスタリカが1993年に同様の協会を設立。そしてパナマで、1996年にパナマスペシャルティコーヒー協会が設立された。


一方ICOでもまた「高品質化」への取り組みとして、1997年から2000年にかけて「グルメコーヒープロジェクト」("Development of Gourmet Coffee Potential"/グルメコーヒー可能性の開発)を実施した。直接実施に当たったのは、国連と世界貿易機関の共同組織である国際貿易センター(ITC)で、ICOがITCに業務委託し、世界銀行による資金援助のもと、5つの生産国(ブラジル、パプア・ニューギニアエチオピアウガンダ、ブルンディ)を選出し、高品質コーヒーの開発と生産支援を行うことを目的としたプロジェクトであった。1999年にはこのプロジェクトの成果として、ブラジルでカッピングコンテスト「カップ・オブ・エクセレンス」が開催された(参考URL)。このコンテストは、実質的にアメリカのSCAA主導のコンテスト*5になり、(半ば当然のことながら)アメリカのコーヒー関係者に好評となった。さらに続けてコンテストに出品された生豆のオークションが行われ、出品されたものはいずれも通常の2-4倍以上という高値で落札される結果になったのである。この成功は世界中の生産国の関心を集め、他の生産国にもカップ・オブ・エクセレンスや、これに類するカッピングコンテスト&オークションのシステムが広がっていった。なお、グルメコーヒープロジェクトは2000年に終了したが、2002年に非営利組織"The Alliance for Coffee Excellence" (ACE)が設立され、「カップ・オブ・エクセレンス」の活動を引き継いでいる。

*1:また同時に、焙煎に伴うコーヒー豆の重量減(シュリンケージ・水分や揮発性成分が失われることによる)による損失を嫌った結果が、いわゆる「アメリカンロースト」の浅煎り指向につながったと言われる。

*2:さらに1978年にフランスで行われた国際コーヒー会議で、Knutsen女史がこの語を用いて発表したことで広まった。

*3:ICAが生産国の経済安定をもたらすことには、その共産主義国化を防ぐ意味合いもあったが、冷戦が終結したことでその必要性が薄れた。

*4:厳密には、輸出割当制度の停止はこれが初めてではない。ICAは1963年から原則5年ごと、すなわち1963, 1968, 1976(本来は1973の予定が2年延長), 1983に、それぞれ第1〜第4次協定が締結されたが、1970年のブラジル大霜害を契機とする価格高騰のため、1973年には一旦、輸出割当条項を除外した形で2年延長され、1976年の第3次協定では、価格高騰時には輸出割当が停止される(=元々が価格暴落の防止のための輸出割当なので、高騰時には自由に売買できる方が生産国は儲かる)という弾力的な方法が採用された。

*5:グルメコーヒープロジェクトの当初、ブラジルはコーヒー鑑定士(クラシフィカドール)による伝統的な欠点評価式のカッピングを行うことを強硬に主張し、1998年に「グルメコーヒー」として提供したものの、アメリカのカッパーの多くはその品質に満足せず、それを拒絶した。このため1999年にはブラジルの鑑定士を排除した上で、ブラインドテスト方式で特長や長所を評価するSCAA方式のカッピングが行われた。

「パナマ・スペシャルティ」の躍進

1995年の段階で、パナマアメリカ、ドイツ、カナダへの輸出を行っていたが、その国際的な競争力は低く、生産者は悲観的な状況にあった。この状況を打破すべく、ボケテ区、ボルカン区の7つのコーヒー農家が共同して、1996年10月に設立したのがパナマスペシャルティコーヒー協会(Specialty coffee Association of Panama, SCAP) である。


パナマにおいてスペシャルティコーヒー協会が設立された理由も、ブラジルやコスタリカと同様であった。すなわち、国際的なコーヒー価格低下に対して、「高品質による差別化」を行い、高品質高価格路線を目指したものであると言える。加えて、パナマのコーヒー生産は、その黎明期から「(1907年頃の)トーマス農園では、収穫期の人手が足りず、多くの実が収穫出来ずに落果してしまっていた」という記録があったように、もともと労働力が不足しがちな傾向にあった。1990年の民主化後の経済成長や1994年のボケテの新規建築ラッシュなどによって人件費が上昇し、高品質高価格路線の必要性にいっそう拍車がかかったと考えられる。


1999年のブラジルCOEでの成功を受け、2001年にパナマでも初のカッピングコンテスト「カップ・オブ・エクセレンス」が開催された。ただしこれはグルメコーヒープロジェクトやACEを母体とするものとはいわば「別枠」の、SCAPがSCAAと共催したものであり、2003年にはコンテスト&オークションの名称は「ベスト・オブ・パナマ」に改められた*1。そして、翌2004年にはエスメラルダ農園のゲイシャが登場し、「スペシャルティコーヒー界にパナマあり」といわんばかりの存在感を見せつけた。このときの経緯については、以前も触れた( http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100525/1274758082 )が、ここではもう少し踏み込んで解説してみよう。



エスメラルダ農園は、スウェーデンアメリカ人移民のピーターソン一家が経営する農園である。アメリカの大銀行「バンク・オブ・アメリカ」の頭取を勤めたルドルフ・ピーターソンの一族だ。元々、1967年にルドルフが引退後の余生を過ごすためこの農園を購入したのだが、彼は1970年に国連のディレクターとなり、海外を飛び回る生活が続いた。そこで1973年に彼の息子であるプライス・ピーターソンが運営を引き継ぎ、妻子を引き連れてボケテに移住したのである*2。当初は、ボケテ区の南西にあるパルミラ地区と、おなじくボケテ区の西に位置するカニャス・ベルデス地区の土地を購入*3してコーヒー農園を営んでいたが、1996年、彼らは新たに、ボケテ区の中心からやや北東にあるハラミージョ地区にあったコーヒー農園を買い取った。このハラミージョの農園の外れに、以前のオーナーが植えていたゲイシャの老木が残っており、ここに由来するコーヒーが2004年のベスト・オブ・パナマに出品されたのである。ゲイシャの樹は、まるでジャングルのように入り組んで傾斜がきついハラミージョの農園の中でも、特に急な斜面のところに残っていたらしい。作業が容易でない場所のために、1980年以前に植えられた後、他の場所が高収穫品種に植え替えられる中を、そのまま放置されていたのだろうと言われている。その後、同様に植え替えを逃れていたゲイシャの樹が彼らの農園以外からもいくつか見つかったが、いずれもかなり傾斜のきついところに残っていたようだ。


当時(1999-2003年にかけて)世界的には、ベトナムやブラジルでのコーヒー増産の結果生じた「第二次コーヒー危機」のために、コーヒーの価格は大幅に低下しており、2004年の中米諸国の一般的な生産者価格(http://www.ico.org/new_historical.asp)は1ポンドあたり40-90セントであった。そんな中、ベストオブパナマ2004で、オークションに掛けられたもの(http://auction.stoneworks.com/includes/pa2004/final_results.html)は概ね1.25-2.5ドルと、通常の倍近い高額で落札されたことがわかる。しかし、その中でも「Jaramillo Special (ハラミージョ・スペシャル)」という名で出品されたエスメラルダ農園のゲイシャは、1ポンドあたり21ドル…他の出品品目の10倍という破格で落札され、それまでの生豆価格の記録を塗り替えたのである*4


この2004年のエスメラルダ・ゲイシャの超高額落札は、その後のパナマのコーヒー栽培に大きな影響を与えた。翌2005年のエスメラルダゲイシャも2004年と同様か、それ以上の高い評価を獲得して20.1ドルで落札された。世界のコーヒー業者がベストオブパナマに注目して、他農園のゲイシャもコンテスト上位を獲得し、8ドルを超える高額で落札された。このようにして他の農園でもゲイシャを出品し、さらに新たに栽培を始めるところが次第に増えていった。その先駆けになったエスメラルダ農園の名声は上がり、ときには100ドルを超える価格で落札されるようになった。2008年には「エスメラルダ・スペシャル」という、エスメラルダ農園独自のオークションも開催され、ベストオブパナマに出品されるもの以外のロットのオークション販売も行われ、いずれも高額で落札されている。その後のベスト・オブ・パナマでも多くの農園から、ゲイシャを中心に高品質のスペシャルティコーヒーが高額で落札され、どちらも活況を呈している。

*1:カップ・オブ・エクセレンスの名称登録がACEに取得されたことによる。

*2:ルドルフ・ピーターソンにはプライスの他に一人の娘がおり、現在はその子供(プライスの甥にあたる)も運営に参加している。

*3:エスメラルダ農園の現在の地図 http://haciendaesmeralda.com/our-coffee/location-of-our-farms を参照。農園の本拠地があるのがパルミラで、カニャスベルデスでは現在「ダイアモンドマウンテン」というブランド名のものの一部として扱っているようだ

*4:とは言え、例えば2002年の時点でブラジルやグアテマラニカラグアカップ・オブ・エクセレンスで既に、コンテスト1位には10ドル代前半の高値が付いてはいた。ただし他国の2004年のACEのカップ・オブ・エクセレンスでは最高11-14ドル程度で落札された国が多く、エスメラルダゲイシャだけが20ドルの大台を超えた。他国の1.5-2倍くらいの価格で、突出していたと言える。なお、この記録は翌2005年にはもう、ブラジルCOEでの49.75ドルという2倍以上の価格で更新されたが、これはあまりニュースにはならなかった。

ゲイシャ登場の舞台裏?

こうして、ベスト・オブ・パナマ2004で、エスメラルダ・ゲイシャの華々しいデビューに人々の注目が一気に寄せられたわけだが、真に注目すべきは2004年ではない。むしろそれ以前、2001年、パナマ初の「カップ・オブ・エクセレンス」にこそ鍵がある。ここでの出来事が、その後のパナマのコーヒーを決定づけていたと言っても過言ではない。


2001年、パナマ初のカップ・オブ・エクセレンスは、当初SCAPのカッパーによってランキング付けされた。そのランキングされたコーヒーを、アメリカのコーヒー研究家であるケネス・デーヴィス(Kenneth Davids)が入手し、自分たちの"Coffee Reviews"のグループメンバーでカッピングし、結果の比較を"The Tea and Coffee Trade Journal"で公表した。"THE PANAMA COFFEE DILEMMA"と評されたこの短いレポートは、その全文が無料公開されている(http://www.thefreelibrary.com/THE+PANAMA+COFFEE+DILEMMA.-a072412740)。詳細な内容はリンク先を参照していただくとして、要点だけ述べると以下のようになる。

  1. パナマのカッパーによる評価とアメリカの"Coffee Reviews"の評価は、ランキングの順位から見て、必ずしも一致しない。
  2. パナマコーヒーの質の高さは認めるが、グアテマラエチオピアの良品のような、個性ある魅力に乏しい。
  3. 一部にはいわゆる「発酵臭」があるものも認められた。

デーヴィスは、このカッパーの間での評価の相違を「ジレンマ」と称した…すなわち「ソフトで甘いのか、当たり障りなく平坦なのか」「バランスが取れてるのか、退屈なのか」「繊細なのか個性が弱いのか」、アメリカのカッパーの間でもどちらに評価すべきかが分かれ、その評価の難しさを指摘したのである。


この当時、パナマのコーヒーは、生産量の少なさもあって日本ではあまりメジャーなものではなかったが、概ね品質が良く、一部の日本の自家焙煎店でも愛用されていた。確かに個性らしい個性には欠けるものの、その分、単品でも上品でバランスがとれた、「マイルドの見本」のような香味のものが多く、ブレンドのベースとしても扱いやすい、ある意味「平均的な」豆の一つだった。コーヒーそのものの「品質」として決して劣るものだったわけではない。しかしながら、アメリカのカッパーが求めたのは、むしろもっと判りやすい「個性」の方だった、ということだ。

この「品質と個性の混同」は、スペシャルティコーヒー全体が抱えている問題とも言っていいだろう。アメリカが主導したスペシャルティコーヒーの評価は、それまでのブラジルなどで主流の欠点方式での評価とは異なり、ワインの香味表現と同じように、香味の特長をできるだけ豊富な語彙や比喩で言語化して、ポジティブに評価するものである。これはコーヒーの香味評価において、歴史的に見ても非常に大きな進展だったと言える。


しかし一方で「(香味を他のものに喩えにくい)コーヒーらしいコーヒー」や「ソフトで繊細なもの」は、如何にバランスよくきれいな味にまとまっていたとしても、特長を端的に言語化しにくいためインパクトに欠け、高評価されにくく、それに対して、判りやすい長所が一つだけ抜きん出ているものは評価が高くなる……「色の白いは七難隠す」という諺があるが、まさにそんな感じだ。もちろん長所以外に、目立つ欠点がないことは必須だが、一つの「個性」が際立ちすぎると、誰しも欠点には甘くなりがちだ。「個性重視」そのものが、決して悪い評価だというわけではないが、それに偏重しすぎるのは好ましくないだろうし、その偏重を評価者本人らが自覚しづらいという問題点が潜んでいる。(……それと、あくまで私見だがアメリカでは、もともとアメリカ人がラズベリーとかブルーベリーといったベリー系のフレイバーを何にでも付けたがることと関連してるのかか、全般に「ベリー」「フルーツ」などのフレイバーが妙に高く評価されがちな気はする)。

まぁともあれ、2001年のカップ・オブ・エクセレンスパナマの段階で「質は良いが個性に欠けるパナマ」というイメージが、改めて指摘される結果になった。そして2004年のベスト・オブ・パナマで、まさに「個性の塊」とでも言うべきゲイシャが「突然」再発見されて登場し、「パナマゲイシャあり」と言わんばかりの強烈なイメージを皆に焼き付けて、パナマは「無個性」という課題を克服したと言ってもいい。


…しかしこれが、(1)カリフォルニアからの移住者(しかもバンク・オブ・アメリカ元頭取の息子)の農園で、(2)偶然見つかった古いエチオピア由来の品種で、(3)史上最高値で落札されたことがニュースになる、と、ここまでいかにもアメリカ人好みのいろんな条件ばかりが揃うと、あまりに出来すぎてるように思えるのも確かだ。まるで金太郎飴か何かみたいにどこを切っても「物語」がある。…ここまで来ると、誰か「仕掛け人」がいてそういうシナリオを書いてたとしても不思議はないと言うのが率直な感想だが、まぁ、証拠がない以上は何を言っても「陰謀論」にしかならないだろう。それに、オークション価格の方は置いておくとしても、それに先立つコンテストはブラインドテストによってランク付けされているから、この年のエスメラルダ・ゲイシャの品質が優れていたということにはケチをつける余地はないだろう。


それでもまあ、あえて付け加えるなら、この当時、(a) ブラジルやパナマなど生産地のカッパーと、アメリカのカッパーの意見や利害の食い違い、(b) アメリカのカッピング方式での、旧来のSCAAとカップオブエクセレンス方式の意見の違い、(c) グルメコーヒープロジェクト終了に伴う、各国での「カップ・オブ・エクセレンス」の主導権を巡る利害関係、(d) アメリカのいわゆる「セカンドウェイブ(スタバなどシアトルスタイルの深煎り)」から「サードウェイブ」への展開、(e) SCAA創立以後のスタバなどのように成長に伴い農園との単独契約にシフトする企業の増加、などなど、コーヒー豆のコンテストとオークションを巡って、さまざまな利害関係と思惑がうごめいていたことは確かだ。


また「スペシャルティコーヒーのオークション」と一口に言っても、(A) Qオークション*1http://coffee.stoneworks.com/auction/index.cfm?page=recent 現在停止中)、(B) ACEに移管された「カップ・オブ・エクセレンス」(http://www.cupofexcellence.org/CountryPrograms/tabid/56/Default.aspx)、(C) ACEに移管されなかった/独立したコンテスト&オークション(ベスト・オブ・パナマなど http://coffee.stoneworks.com/auction/index.cfm?page=recent )など、いくつかのタイプが存在する。生産者/生産国が自分のコーヒーをできるだけ高く評価してくれるコンテスト、高く買ってくれるオークションに出品したがるのは当然で、そこからこれらそれぞれにも利害関係が生じる。


ともあれ結果的に、パナマでのカッピングコンテストは、当初「カップ・オブ・エクセレンス」として始まったものの、他の国がどんどんACEのカップ・オブ・エクセレンスを初めても、そこには移らず、SCAAがSCAPに協力して、Stoneworksのインターネットオークションシステムを利用して競売を行う、現在の「ベスト・オブ・パナマ」の形になり、そしてそこからまた「エスメラルダ・スペシャル」というオークションが生まれて、現在に至っている。

オークションの功罪?

現在主流の、コンテスト&オークション方式が、スペシャルティコーヒー業界を活性化する上で、最も大きなファクターになったことはまぎれも無い事実だ。生産者にとって、高く買ってくれる買い手を見つけられる可能性が確かに高く、少量であっても高品質のコーヒーを作る大きなインセンティブになっている。


だが現状、それはあくまでコンテスト上位に入れたら、の話だ。コンテスト&オークション方式では、コンテストの1位か、せいぜいでも2-3位までの上位に人気が集中し、それらの値段は指数的に跳ね上がる。しかし、せっかく出品しても下位になったものは、それほどの値段にはならない。現在のように世界の標準的な(コモディティの)コーヒー取引価格が底値に近い安さならば、それでも出品する価値はあるだろうが、世界的な不作などが原因でコーヒー価格そのものが上がったら、コンテスト下位との差は小さくなる。わざわざ手間をかけてコンテストに出品して、通常よりも1-2割増し程度にしかならない、というのであれば、生産者にとっても出品する動機は減ってしまうだろうし、そういう人が増えるとコンテストそのものが成り立たなくなってしまう危険性がある。


また「オークションで高額落札されること」だけが目的になってしまうと、コーヒー生産自体が「投機的」になってしまう懸念も生じる。その時代のコーヒーの好みの「流行り」ばかりをおいかけ、農園でもそれに見合った品種に次々に植え替えを進めるなどすると、生産者にとっても一種のギャンブルになり、リスクを増やす結果につながりかねない。さらにはコンテスト上位の農園経営者がその資金で他の農園を買収して…と、生産地での貧富の差が拡大する懸念もあるだろう(おそらくパナマなどは、まだその懸念が少ない方だと思うが)。


またコーヒー豆を買う側、消費する側の立場から見ても、現在のオークションの傾向はいいことばかりとは言えない。特に近年では、コンテスト一位の金額が1ポンドあたり100ドルを超える*2ことも珍しくなくなり、一位の価格高騰は過熱する一方に見える。パナマではないが、2011年から単独開催されているグアテマラの有名農園、エルインヘルトの今年のオークション( http://auction.stoneworks.com/ei2012/final_results.php )に至っては500ドル/ポンドという、正直開いた口が塞がらぬほどの高額落札まで出ている。今(2012年7月)の円相場で、ざっくりと1ドル=80円で計算しても、生豆の原価だけで100gあたり一万円近いのだ。これに諸々の諸経費から、焙煎にかかる燃料費、その他もろもろを考えると、一体これはどれほどのお金持ちの口に入るものなのだろう、と思わずにはいられない。またそれほどの豆を一体どんな風に煎るのだろう(しかも麻袋1袋分:60kgのみしかないので、いろいろ試すにもよほどの財力か度胸が要るだろう)とか、貧乏人のやっかみ半分、あれこれと要らぬ心配もしたくなってくるものだ。


こういったオークション価格高騰の責任の一端は、我々消費者にもないとは言えない。「コンテスト一位」や「世界最高価格」というのが、ほいほいとメディアに取り上げられ、それが商売上の売り文句、いや「殺し文句」としても絶大な威力を発揮しつづけるのが現実だからだ。そういった判りやすい殺し文句が通用しつづけると、「オークション価格の世界記録を塗り替え続けること」自体が自己目的化しかねないし、もう既にそうなりつつある。本来のコーヒーそのものの品質や香味の優劣でなく、殺し文句に高い金を払い、そして「これだけ高いカネを払ったのだから『超』高品質で、ものすごく美味しいモノに違いない」というループに陥ってしまう。そしてその手の陰謀を巡らせる人たちは、商売の世界には間違いなく居るのだ。「オークションの上位については、その品質と落札額は『正比例』はしない(落札額だと、しばしば指数的に上昇する)」ことは知っておいて損が無いだろう。


このようにコンテスト&オークション方式にもいくつかの問題点があり、その一部は、この方式の基盤を揺るがしかねない問題を含んでいる。コンテストの活性化は結構なことだが、過熱しすぎると、コーヒー生産の「持続可能性」を脅かしかねない。それでも、この方式がもたらす利益には大きなものがあり、コーヒー関係者、特に生産者はそれをしたたかに利用している…「したたかに利用する」というと聞こえが悪いかもしれないが、それくらいでなければこの厳しい時勢の中、仕事としてのコーヒーを続けていけるかどうか疑わしい。「したたかさも才能のうち」といったところだろうか。

*1:SCAA認定Qグレーダーが認定した豆を、まとまった量で取引するオークション

*2:生豆の原価だけで100gあたり2000円くらいになる計算。

変化する精製法

ゲイシャに沸いたパナマのコーヒーに、2010年以降また新しい動きが見られている。それは精製方式の変化である。近年パナマでは「ナチュラル(ナチュラル精製)」と呼ばれる手法で精製された生豆が、特にゲイシャで作られるようになっている。

ナチュラル」って何なのか

おそらくコーヒーについて多少の知識を持つ読者には、改めて説明の必要はないだろうが、「ナチュラル(精製)」とは「乾式(精製)」あるいは「自然乾燥式(精製)」とも呼ばれる、コーヒー豆の精製方法の一つである。「コーヒーの精製 (processing)」とは、コーヒーの果実(チェリー)の果肉、特に種子の周りにこびり付く粘質物(mucilage、ムシレージ*1)を完全に除いて、コーヒー豆を取り出す作業のことで、これには伝統的に「乾式(dry method/natural)」「湿式(wet method)」という二つの方法があり、さらに両者の中間的な方法があって…と話をしだすときりがないので、ここでは以下の囲み記事でざっくりとだけ解説する。より詳しく知りたい人は『田口護の珈琲大全』や『田口護のスペシャルティコーヒー大全』等の成書を参照してほしい。

元々コーヒーの栽培が始まったころはすべて「乾式」、すなわち摘み取った豆を地面に広げて乾燥させ、からからに乾涸びさせたものを割って、中から生豆を取り出す方法だった。その後オランダやフランスの手によって、コーヒー栽培が世界中に広まったのだが、1850年代にカリブ海西インド諸島で、新しい精製法として「湿式」あるいは「水洗式 (washed, full-washed)」精製法が開発された。乾式精製を行うためには、収穫した豆を最低でも数日、天日で乾燥させる必要がある。しかしカリブ海の気候では収穫期にも雨になりがちで、乾燥がうまく行かず、カビや細菌によって果肉が過度に発酵し、腐ってしまいやすいという問題があった。そこで「パルパー」と呼ばれる機具を使って果肉(パルプ)を除去し、その後一晩ほど水槽に浸けて、ムシレージを適度に分解させてから洗い流すという「水洗式」が考案された。この方法は同時に、精製処理のスピードを大幅に改善させたため、すぐに多くの産地に広まった。ただし水洗式を行うためには大量の水が必要になるため、水の確保が難しいブラジル(ただし近年の産地セラードは水の便がよくなっている)やエチオピア、イエメンなどでは乾式精製が続けられた。


乾式精製は別名を「ナチュラル(Natural, 自然乾燥式)」とも呼ぶ。以前は「washed」との対比で「unwashed(非水洗式、アンウォッシュト)」とも呼ばれていたが、この"unwashed"という語は英語圏では「洗ってない(=汚れた)」という悪いイメージにつながるため、ブラジルなど乾式精製を行う生産者などは、あまり使いたがらず、むしろ「自然=天然」という、何となく良いイメージにつながる「ナチュラル」という言葉を使いたがる傾向がある。ただし「良いイメージ」を狙ってる分ニュートラルとは言いがたい言葉であり、また天日乾燥や機械乾燥の区別なく用いられる点には留意する必要があるだろう。


両者の中間にあたるものとしては、「半水洗式(セミウォッシュト)」や「パルプド・ナチュラル」があり、パルパーによって果肉を除去した後、ムシレージを発酵させることなく機械(ムシレージリムーバー)によって除いたり、パルパーもしくはムシレージリムーバー処理した後の豆を乾燥させたりして精製する。ただしこれらの中間的方法は細部についてのバリエーションが多くて、その分類が十分に整理されておらず、呼び名も国や生産者ごとにまちまちな部分があって、今も非常にややこしいのが現状である。

元々、「ナチュラル」の代名詞と言えばブラジルであり、コロンビアや中米などの水洗式のコーヒーが「マイルド」と呼ばれたのに対して、ブラジルの乾式精製のコーヒーの香味は「ストロング」と称され(→以前の記事も参照)、性質が異なるタイプのコーヒーとして扱われてきた。ICOが定義している「(取引上の)コーヒーのグループ分け」(http://dev.ico.org/glossary.asp の"Groups of Coffee")でも、「コロンビア・マイルド(Colombian Mild Arabicas)」「アザー・マイルド(Other Mild Arabicas)」「ブラジル・ナチュラル(Brazilian Natural Arabicas)」「ロブスタ(Robustas.)」の四種類に分けられており、いわばその「四大」の一つが「ブラジルナチュラ*2」である。ブラジルの以前の大産地であったサンパウロ近郊は、水の便が悪く、水洗式精製を行うための水が不足する土地柄であった。その一方で収穫期でも比較的晴天が続きやすく、土地にも比較的余裕があったため、広大な乾燥場(パティオ)一面に収穫したコーヒーの実を広げて、比較的短期間のうちに乾燥させてしまう、効率的な乾式精製のノウハウが、ブラジルには蓄積されていったのである。

パナマでのナチュラル精製の実態

ベスト・オブ・パナマが始まる以前のパナマでは、他の中米の国々と同様、発酵水槽を用いた水洗式が精製の主流になっていた。しかし多くの廃水を生じて環境破壊に繋がる懸念*3と、おそらく上述した2001年の"The Panama Coffee Dilemma"での発酵臭の指摘などから、以降は徐々にムシレージ・リムーバーを用いたセミウォッシュトも増えつつあった。ところがここ数年、生産量はごくわずかにすぎないが、ナチュラル(乾式)で精製したものがコンテストに出品されるようになっている。オークション結果を見ると、2011年(http://auction.stoneworks.com/pa2011/final_results.html)のベスト・オブ・パナマで、色違いで表記されてるものがあるが、これはナチュラル精製したものであり、従来の精製法のものよりも高値で落札されていることがわかる。2012年のベスト・オブ・パナマでは、「ゲイシャ」「トラディショナル(=ここでは水洗式を指す)」「ナチュラル」の三つのカテゴリに分けて審査会が行われ(http://www.donpachi-estate.com/bop2012.html)、やはりナチュラルが高価で落札されている。


2011年のベストオブパナマで最高落札価格になったのは"Donpachi Geisha Natural"、「ドンパチ農園のナチュラル精製ゲイシャ」である。このときドンパチ・シニアは「実はこうして精製したコーヒーが、私たちが子供の頃に飲んでいた昔ながらのものなのだ。当時は庭や畑の片隅に豆を広げて乾かしてたものだ」と説明したそうだ。これは現在のパナマで、水洗式を「トラディショナル」と呼ぶことと一見矛盾していそうだが、そうではない。例えば、1907年のモラレスの文献を読むと、小農園ごとに水洗式や乾式など、さまざまな精製方法が行われていたことが記録されているし、1953年のカウギルの報告に見られる「生産方法が多様であった」との記述もこれを示唆している。小農園単位での生産が主流のパナマで、比較的近年まで乾式精製を続けていたところがあったのは確かだろう…とはいえ、その当時そのままのノウハウを持つのは、ドンパチ・シニアを含めて今ではごくわずかだと思われる。


ただしパナマ、特にボケテにおいてナチュラル精製を行うには難しい問題点が付随する。それは気候の問題だ。一般にカリブ海地域や中米では、ブラジルとは異なり、コーヒーの収穫時期に晴れた日が十分に続くとは限らない。特に谷間に位置するボケテ区は霧が発生しやすく、標高の高いエリアには年中霧が発生する雲霧林のようなところもあるという。天日乾燥を行うナチュラル精製の場合、乾燥期間中に悪天候が続くと乾燥に時間がかかり、最悪の場合は途中で果肉が腐ってしまう*4。このため例えば、ボケテ区の先進的な農園の一つであるママカタ農園で2010年に初めてナチュラル精製を始めたときには、気象衛星のデータを入手して晴天が続く時期を予測し、そこから逆算して豆を摘み取るという方法を使ったそうだ。また霧のかかり方は、その農園が位置する谷の向きや標高、谷の斜面のどちら側に位置するかなどによっても細かく異なるといい、これらの条件から言えば、ドンパチ農園などはボケテの中でも比較的、ナチュラル精製を上手くやりやすい場所であるらしい。ただしこれらの好条件を以てしても、やはりボケテでナチュラル精製を上手く行うことは難しく、そのためその生産量はかなり限定されてしまうようだ。

なぜ今パナマナチュラルなのか

そこまでの苦労をして、なぜわざわざパナマナチュラル精製をするのだろうか? それにはいくつかの理由が考えられる。


まずは何と言っても、パナマナチュラル精製されたゲイシャには、独特の香りが生まれるからだ。パナマゲイシャ・ナチュラルには、ウォッシュトのゲイシャに見られるシトラス系の香りと同時に、それとはまた異なる、ワインのような(Winy)フローラルでフルーティな香りが生じる。今年の5月にカフェバッハで行われた試飲会「パナマゲイシャの会」のレポート(嶋中労氏伊藤由佳子氏)も参照していただきたい。ブラジルのナチュラルの良品は、しばしばカカオやチョコレートなどに喩えられるが、同じ「ナチュラル」と言いつつそれとはかなりタイプの異なる香味で、むしろイエメンのコーヒー…往年の「モカ香」などとの共通点があるが、よりクリーンな香味だと指摘された。興味深いのは、これまであまりコーヒーのテイスティングになじみのなかったワインの専門家(伊藤由佳子氏)にこの香味が好評であった点で、新しいコーヒーファン層を拡大させる可能性を秘めているかもしれない。具体的にどんな香りなのかについては、機会がある方は是非一度飲んでみていただきたいところだが…残念ながら現在飲めるところは限られているようだ*5


現在パナマの生産者は、この独特の香りをパナマゲイシャの中でもさらなるセールスポイントにしようとしているようだが、その背景には恐らくゲイシャ自体の香りの不安定さがある。ゲイシャが話題になったのはひとえにその、オレンジやレモン、ベルガモットなどを思わせる独特の香りによるものだ。しかし同じゲイシャという品種であれば、必ずどれも同じように優れた香りがするわけではない。香りが出る出ないが、何と言うか、かなり気まぐれなのだ。生産国の違いはおろか、同じ産地の中でも標高や農園の場所の違いなどで香りの強弱には違いが生じるし、同じ農園の同じ樹であっても、年度が違って樹齢や気候条件が変わると、香りの出方が変わってしまう。また、この香りを最大に引き出すためには焙煎も大きく影響する。煎り止めのポイントがかなりシビアで、ベストの煎り止めポイントから少し進んだだけで、覿面に香りが消えてしまう。また焙煎した後、十分にオレンジフレーバーが出ていたはずなのに、一晩経ったら急に抜けてしまうことも、過去のパナマゲイシャのカッピングで実際に起きたそうだ。これに対して、このナチュラルの香味は精製の段階でのコントロールがある程度可能であり、またどうやら、オレンジ/レモンフレーバーに比べると若干遅い段階まで残りそうで、煎り止めが少しぶれても、ある程度のフォローが可能になるというメリットも生じていそうである。

*1:日本では英語の発音から「ミューシレージ」という表記を当てる場合も多いが、生物学分野では通常「muci-」には「ムシ」もしくは「ムチ」という表記を用いるのが大半なので、学術上での通例に従っている。

*2:ただしここで言う「(取引上の)ブラジルナチュラル」には、ブラジル、エチオピアパラグアイのコーヒーが該当するので注意

*3:特に1999年以降、ボケテ区は風光明媚なことを売りとして、保養や退職者の移住を推進しているため、環境保全は重要な要素となっている。

*4:このため、場所によってはいわゆる「ハニー精製(果肉をやや残すパルプドナチュラル)」ですら難しいという。隣国のコスタリカの方が条件がよい地がまだある方だそうだ。

*5:例えば、2012年の4-5月に京都のコーヒーチェーン、小川珈琲が行った「ゲイシャ飲み比べキャンペーン」では、パナマゲイシャ・ナチュラルが期間限定で提供された。近くの店舗に飲みに行ったが、確かにこのナチュラルの香味がきちんと出ていた。

もう一つの「ジレンマ」

実は、このパナマゲイシャ・ナチュラルと似た香味のものは、コスタリカグアテマラをはじめとする他の生産地からも時折見られる。それはパナマと同様のナチュラル精製をしたものとは限らない。例えば、摘み取りの時期をぎりぎりまで遅らせて完熟…というよりむしろ過熟させた豆にも、同様のキャラクターが生じる場合があり、いずれもオークションでは高額で落札されている。どうやらスペシャルティコーヒーの愛好者の一部にはこのタイプの香りを高く評価する層が確実に存在し、その評価が近年固まりつつあるようにも思える。


しかし一方で、このタイプのナチュラルの香味を、あまり評価しない向きもある。2011年のベストオブパナマに、初めてゲイシャ・ナチュラルが出品された際、国際審査員の中には非常に低い点数を付けたカッパーがいたそうだ(http://donpachi-estate.com/news05.html にある2011年8月のカフェ・レストランの記事を参照)。聞くところによると、事前にパナマの国内審査員が80点以上と判定したもののみを出品していたにも関わらず、「この香味は好みじゃない」という理由で60点台の点数(スペシャルティコーヒーとしての基準からも外れる)を付けたという。これはカッピングの採点ルールを逸脱した恣意的な採点であったため、主任国際審査員から単なる自分の好き嫌いでなく、品質を判定するように注意を受けて、採点をやり直す事態になったそうだ。この前例を受けて、2012年のベストオブパナマでは事前のキャリブレーションの段階で、その辺りの合意を取るようにされている(http://donpachi-estate.com/bop2012.html)。


ただこの出来事からも判るように、このナチュラルの香味は必ずしも、優れていると評価されるとは限らない。この香りがあまりに強く出過ぎると、甘ったるすぎて鼻につくとネガティブに評価されがちのようだ。また恐らくこのナチュラルの香りには、スペシャルティコーヒー以前の、ブラジル方式のカッピングなどでは、水洗式に多く見られる欠点である「発酵豆」や「発酵臭豆*1」にも共通する、エステル系の香気成分が関与していると考えられる。このため、古くからコーヒー屋を続けているところのうち、特定の年代…おそらく今なら40-50代くらいだろうか…の人々には、これを「発酵臭」と判断する人がそれなりにいる可能性がある。一方で、それよりも年配の人(60代)や若い人(20-30代)は、比較的抵抗なく受け入れる可能性がありそうだ。


このナチュラルの香味が、本当に発酵臭と同じものなのかと言われると…これがなかなか難しい。香気成分のレベルで考えると、発酵臭と共通する要素はそれなりに多そうだ。しかし、香りそのものとしては「強すぎると不快になるが、適度ならば良い香り」だというのは間違いがなく、これは他のどんな香りだってそうなのだから、「適度ならば良い評価されて然るべき」と言わざるを得ないだろう。ナチュラル精製での香味に果肉の発酵が関与していたとしても、少なくとも発酵豆や発酵臭豆などの欠点豆(=ロット内でのばらつきとして発生するもの)とは異なり、それがすべての豆にほぼ均等に、きちんとコントロールされた香味を与えるのであれば、それも香味の表現方法の一つとしていいのではないか、という考えが広まりつつあるようだ。


また、このナチュラルの香味と、かつてのイエメンモカに見られた「モカ香」との関係も気になるところだ。実はイエメンの産地でも水の便の悪さからナチュラル精製が行われており、乾燥行程の関係から似たようなキャラクターを持つ豆が作られていた可能性もある*2。かつてのモカとの共通項を見いだす人は「普通のゲイシャの煎り止めより、ずっと深煎りにしたらどうなるか」に、どうも共通して関心を抱くようでもある(帰山人の珈琲漫考 - JCS風発記(2)


かつて、パナマのコーヒーの評価が「繊細なのか、個性が弱いのか」のジレンマに直面したように、このパナマナチュラルの評価も「優れた個性なのか、発酵臭なのか」というジレンマに直面しているようだ。今のところ、前向きに評価しようという(比較的冷静な)意見の人が多いようだが、今後どうなっていくかは未知数かもしれない。もし今この流れに乗じて、単なる普通の「発酵豆」を「パナマナチュラルのようなワイニーな香味」などと評して、商売に利用するような質の悪い輩が現れたら、パナマの生産者たちの苦労も水泡に戻りかねない。香気成分の種類の違いなどの化学的な根拠も含めて、この「ジレンマ」をきちんと解きほぐせるよう、評価基準を設けて行くことが、パナマのコーヒー生産に関する、直近の課題の一つかもしれない。

*1:カフェバッハの田口氏らによる"Stinker bean"の訳語。発酵豆と同様に、精製中に微生物による異常発酵が生じて、酸っぱい香味や甘ったるすぎる香りを生じる欠点豆。発酵豆の方はカビや細菌の繁殖がひどくて、豆の外見上でもはっきり判るのに対して、発酵臭豆は見た目ではあまり違いがないが、焙煎すると発酵臭を生じるものとされている。

*2:イスラム教でワインなどの酒類が禁じられているイエメンだが、コーヒーの果肉と種皮を乾燥させたギシルをお茶のように飲むことは認められている。福岡の珈琲美美の森光氏によれば、ギシルを作るときには果実のアルコール発酵が部分的に進むようにしており、現地では酒の代替的に嗜まれている面もあるようである。

パナマコーヒーのこれから

現在のパナマ・ボケテ区のコーヒー生産は、他の生産国と比べると、今のところ、高品質高価格化に成功している例だと思われる。だがその将来に不安がないわけではない。近年、ボケテ区は観光地として開発され、たくさんのアメリカ、カナダ、ヨーロッパ人の退職者が移住を希望しており、コーヒー生産以外でも経済的な活況をおさめている。この移住ラッシュが将来、ボケテの人々をどう変化させ、またコーヒー生産をどう変化させていくのかは不透明だ。それに伴って、自分自身は農園での作業経験がないオーナーが、高額落札を繰り返す農園を買収するなどといった、投機的な動きも加速して行くかもしれない。だがその一方で、セラシン家のドンパチ農園のように、100年以上にわたって一家で受け継いで来た農園が、今後も存続していく可能性も十分に感じさせてくれる。


パナマではずっと、新しい取り組みとともに、古くから受け継がれてきたものが共存しており、ゲイシャの樹やナチュラル精製などの古いものの中から「再発見」が、時代を進めてきた。今後のパナマがまたどういう変革を起こしていくのか、期待して見守りたい国の一つである。

謝辞

本論考をまとめるにあたり、パナマのコーヒーに実際に触れる機会をいただきパナマの農園事情や国際取引に関する情報を教えていただくとともに、実りあるディスカッションをして下さった、カフェバッハの田口護氏と中川文彦氏、辻静雄料理教育研究所の山内秀文氏に感謝します。