ふるへっへんど(4)

Alkaline/Caustic

訳語:アルカリのような(アクのある苦味)/強アルカリの(えぐい苦味)


SCAAフレイバーホイールでは、香りの表現については豊かで、比較的上手くまとまっているのに対し、味の表現のまとめ方が全般に前時代的……まぁ実際、1970年代の「味覚」に対する考え方がベースになってるので、文字通り「前時代的」なのです。


この"Alkaline/Caustic"という、苦味を表現する言葉からも、そのことは顕著に読み取れます。味覚についての、古くて、単純化された考え方の一つに「酸性のものはすっぱく、アルカリ性のものは苦い」という考え方がありました。

確かに、アルカリ性の塩類の中には、重曹(炭酸水素ナトリウム)や苦土(マグネシウム塩)などのように苦味があるものが多く、またカフェインやキニーネなどに代表されるアルカロイド*1にも苦味を持つものが多いのは事実です。しかし味覚生理学の研究が進んだ現在、苦味物質は単にすべてがアルカリ性ではなく、もっと多様で数多いことが判明しています。「苦い飲み物」であるコーヒーだって、実際にpHを測ってみれば酸性(pH5〜6 程度)ですし、コーヒーの苦味成分だってカフェインだけじゃない…むしろ中性〜酸性寄りのポリフェノール系の成分の方が重要だということが近年では判ってきています。


それでもまぁ、SCAAフレイバーホイールでは"harsh"(苦渋味、渋い苦味)を、AlkalineとCausticという、どちらも「アルカリ性」にまつわる言葉に区分している、ということなのです。


"Alkaline"は、そのまま「アルカリの」という意味で通じると思いますが、"Caustic"と言う語は一般には馴染みがない言葉だと思われます。実際、これまでコーヒーの香味用語が訳されてきた中では、「刺激性の」「腐食性の」「苛性の」など言葉が並べられてきました…が、ここで重要なのが、いちばん最後の「苛性」です。


「苛性」は、辞書的には「腐食性がある」「ひりひりする」と言ったような意味で、やはり一般に耳慣れない言葉かもしれませんが、化学/工学系では特別な意味を持ちます…ちょっと古い呼び方ですが、「苛性アルカリ (caustic alkali)」はアルカリの中でも強アルカリの物質を指し、特に「苛性ソーダ」は水酸化ナトリウム(NaOH)、「苛性カリ」は水酸化カリウム(KOH)を指す言葉です。つまり、フレイバーホイールの中で、"Alkaline-Caustic"という二語が「アルカリ」という意味で繋がっているのです。

今回の下訳に当たって、Causticを「苛性の」と訳すことも考えましたが、ピンとこない人が多いかもしれないし、もう少し噛み砕いた表現を、ということで「強アルカリの」を選びました。

*1:「アルカリの仲間」の意。