「カフェインを添加した飲食物」だけが対象になるわけ

ひょっとしたら、「添加した飲食物だけが対象ってことは…やっぱり、天然由来の方が安全なんだね」と思う人もいるかもしれますが、それは「まるっきり見当外れの勘違い」です。

元から天然物に含有されてるものだろうが、そこから抽出して添加物に使うものだろうが、化学合成*1されてるものだろうが……無水物*2だろうが一水和物だろうが、塩酸塩だろうが、水溶液中のものだろうが「カフェインはカフェイン」、薬理的な作用には違いはありません。


じゃあなぜ、コーヒーや茶が対象外で、「カフェインを添加した飲食物」だけが対象になるのか。その理由は二つあります。


その一つ目、最も大きな理由は「カフェイン含有量」の問題です。通常のコーヒーや茶に含まれているカフェインの量は、まぁある意味「たかが知れて」ます。しかし、外から添加する場合には非常に高用量のカフェインを含むものを製造することも可能になります。

実際に、台湾やカナダ・アメリカなどでは、かなり大量のカフェインを添加したエナジードリンクや栄養ドリンクが販売されていたという経緯があります*3。現在アメリカで販売されているエナジードリンクでも、ものによっては一本に、コーヒー3〜4杯に相当する量のカフェインを含むものがあったりします。これくらいのものになると、健康な人でも2本も立て続けに飲めば、カフェインの急性作用のうち、不安や動悸などの望ましくない作用が出てきてもおかしくありません*4

このような事態を防ぐために、行政が行う規制としては、(A) 製品中のカフェイン量や添加量に上限となる規制値を設ける。(B)カフェイン量の表示を義務づける、というのが、現実的な流れになります。台湾やカナダ、オーストラリア/ニュージーランドが行っているのは、まさにこういったことなのです。


二つ目の理由はこの規制方法の(B)に関わってきます。実は、一般的なコーヒーや茶では、カフェインの濃度がまちまちで、非常にばらつきが大きいのです。工業的に製造されるような缶コーヒーやインスタントコーヒーであれば、大きなロットで生産できるので、その最終工程でロットごとにカフェイン量を実際に計測すれば、なんとかカフェイン量の表示記載は可能かもしれません。しかし比較的小ロットで生産される自家焙煎店で売られている焙煎豆とか、喫茶店で出されるコーヒーなどではそうもいきません。


大体の目安としては、疫学調査などでは「コーヒー1杯で100mg」という大雑把な換算をしますが、これまで出ている個々の研究論文同士、あるいは同じ一つの論文の中でも、結果の数値にはばらつきが大きいことが判ってます。文献上では1杯40〜180mgと、調査するサンプルによってその量に4倍くらいの違いが見られます。工業的に一度に大量生産するのでもない限り、サンプルのロットごとのばらつきが大きいため、抜き取り調査した結果では「使い物にならない」といっていいレベルです。


そもそもそれ以前に、カフェイン量を測定するには高価な分析機器*5や実験設備などが必要です。各ロットごとに「自前」の測定結果を貼ることが出来るのは大手メーカーくらいのものでしょう。それ以外の、中小の自家焙煎店などでは、どこかに検査依頼でもしないと調べられないし、その上すべてのロットについて検査を行わないと「いい加減な数値」しか出ない*6……などと考えると、とても現実的とは思えないほどの負担になると予想されます。しかも、それだけのコストをかけても、上述したように「たかが知れてる」程度の大した量ではない値しか出ない……そういう風に考えると、「非常にざっくりと」ながら「コーヒー1杯(≒150ml)で100mg」という目安で、実用的には十分妥当だろう、と考えられます。

実際、海外でもそういう風に考えられてるからこそ、「カフェインを添加した飲食物」だけを議論の対象にしている国が多いのです。


個人的なコーヒー愛好家という立場を抜きに考えても、「コーヒーや茶、チョコレートのように元からカフェインを含む飲食物」について「カフェインの量を規制する*7/明確に表示せよ」というなら、それは、カフェインの影響を正しく知らないがゆえの「フードファディズム」に陥った状況だろうと思ってます。

*1:ただし日本では「既存添加物」として認められているのは抽出物のみ。カフェインそのものに違いがなくても、合成や精製の過程で出てくる副生成物の影響が「今のところあるかないか、わからないから」、とりあえずこれまで実際に使われてて問題がないことが判ってる抽出物の方は使用が認められている、というだけです。……そこの人、「やっぱり化学合成したものは危険なのね」とか早合点しないように。「未知のもの=危険」というのは、一般人が陥りやすい短絡的な誤解の一つ。

*2:紛らわしいのですが「無水○○」という名前には二通りあって、例えば「酢酸」と「無水酢酸」は別物なんですが、薬局方で「無水カフェイン」と呼ばれているのは、「カフェイン」そのものです。「カフェイン一水和物」というのもありますが、結晶化したときに、結晶水を全く持たないか、一つ持っているかだけの違い。結晶形が異なる場合、粉末のままで服用した場合の体内動態(作用時間)には違いが出る場合も知られてますが、基本的な薬理作用は同一ですし、そもそも水に溶けた状態で飲むコーヒーやドリンク類では、その違いに何の意味もありません。

*3:台湾が、以前「コーラ飲料以外への添加を認めない」という方針を立てていたのも、このことに関連するそうです。

*4:コーヒーだと1〜1.5リットルを一気飲みするのに相当しますから、まぁ「お腹がちゃぽちゃぽになる」のが先になることが多いだろうし、普通は「可能性はあるが、蓋然性はない」飲み方と言っていいでしょう。

*5:HPLCガスクロマトグラフィーなど。

*6:それにまぁ、抽出条件だけでも2割程度の増減は生じるので、コーヒー豆中の量と実際の摂取量も揃わなかったりする。

*7:食品添加物だとADI(一日摂取量)を求めたりするわけですが、その考え方がカフェインに適用できるかどうかとなると、ちょっと微妙になりそうというか。恐らく、急性毒性からは0.5g/dose、あるいは1〜2g/dayくらいの数値が出るでしょうが、長期作用では多分「有害な作用」に該当するのが出にくくなるか、逆にパーキンソン病アルツハイマーなどの中枢疾患に対する「有益な作用」から、むしろ200〜300mg/dayくらいを「目標に摂る」方が望ましい、なんていう結論になりかねないわけで…。あとはカフェイン禁断頭痛や依存をどう扱うかですけど、これらが引き起こすQOLの低下と、総合的な長期の疾患リスク低減やストレス軽減などを天秤にかけたとき、それらを単純に「排除」するのが、果たして正しいことなのか。特にその「(QOLに対する)個人の考え」に行政が口を挟む必要があるほどの、大きなQOL低下に相当するかどうかには、大いに疑問があるわけです。