「変わり種」な品種

#適当にシリーズで続くかも

これまで述べた以外にも、コーヒーノキの栽培品種のいくつかには、非常に変わった特徴を持つものがある。その特徴のため古くから知られてものも多いのだが、商業栽培においては「都合の良い特徴」のものだけが選ばれ大規模に栽培されるため、試験農場や研究機関で維持されているだけのものも多い。

前回述べたムルタやナナ、セラなどもそうだが、これらの「変わり種」の情報は、「飲み物としてのコーヒー」に関わる人達にとっては、役に立たない知識(=トリビア)に過ぎないだろう。だが、折角なので、ブラジル・カンピナス農業試験所で研究されていたものをいくつか紹介したい。

プルプラセンス C. arabica 'Purpurascens'

プルプラセンス (purpurascens、パープラセンス、パーピュラセンス)は全体的に紫色を帯びた品種である。"purpurascens"の語は、ラテン語で「紫がかった」を意味し(purpur-:紫 + -scens:〜なっていく *1)、少なくともCramerによって「C. arabica var. purpurascens」という名前が記載された1913年には既に知られていたことが判る。


プルプラセンスの芽は鮮やかな紫色で、葉も若干薄いものの紫色を帯びる。花はピンク、熟した実は全体が暗赤色になってわからないが、成熟前の緑色の実を見ると濃紫色のストライプがある。この遺伝形質は、主としてPr遺伝子によって調節されており、劣性である。つまり、PrPr、Prprは通常型(緑の葉、白い花、無縞の実)で、prprがプルプラセンスになる。


プルプラセンスでは新芽や幼若な葉が鮮やかな紫になるが、ティピカとブルボンで新芽の色の違いを決めるBr遺伝子との相互作用が見られることがわかった。

  PrPr Prpr prpr
BrBr ブロンズ 暗いブロンズ 暗い紫
Brbr 明るいブロンズ 暗いブロンズ 紫がかったブロンズ
brbr 明るい緑 明るい紫

ただし、その後の研究で新芽色の決定は非常に複雑であることが判明している。ブロンズ色を帯びないbrbr型の場合、もう一つ、V遺伝子(Viridis:緑)とよばれる優性かつPrに対して上位の因子を加えて、プルプラセンスの新芽色の説明が試みられている。

brbr PrPr Prpr prpr
VV
Vv
vv 明るい紫

この仮説によればプルプラセンスの遺伝型は"brbrvvprpr"ということになる。「新芽の色」ということで言えば、エチオピア野生種のアルバゴウゴウ・レッドチップドのように新芽が赤いタイプを思い浮かべるが、これとプルプラセンスの関係はよく判らない。ただ一つ言えるのは、新芽の色は「ティピカ=ブロンズ」「ブルボン=緑」と単純に語れるものではなく、その調節は非常に複雑である、ということだ。

エレクタ C. arabica 'Erecta'

エレクタ(erecta)は、幹から伸びる側枝の角度が小さく、枝が上向きに直立(erect)して見える品種である。幹と側枝の角度は、ティピカの場合に平均67°(50〜85°)で、ブルボンはそれよりも若干小さい。しかし、エレクタではこの角度が平均26°(11〜41°)と極端に小さくなっている。


現存するエレクタは、ブラジルのサンパウロで発見されたものであり、これが各地の研究所などでわずかに栽培されている。1913年にインドネシアで同様の植物が発見されているが、これと現存するエレクタとの関係は不明である。また、エチオピア野生種の中に"semi-erecta"と呼ばれるものも見られるが、これとの関係もよく判っていない。

カンピナス試験所での交配実験の結果から、ブラジルのエレクタの「枝が上向きになる」遺伝子はErと名付けられ、優性遺伝することが判明した。ErErおよびErerでは枝が上向き、ererは通常型となる。


エレクタの生産性は高くないが、「枝が上向きになる=横に広がらない」ため、通常の品種と比べて、一定面積の農地に密集して栽培することが可能になるのではないかと考えられた。そこでさらに、矮性のカトゥアイとの交配で「カトゥアイ-エレクタ」の育種も行われているそうだ。

*1:なので、「パープル・アセンス」"Purple Ascens"と言ってる人もいるが誤り。