「変わり種」な品種(2)

ゴイアバ C. arabica 'Goiaba'

「ゴイアバ」と聞いても、何のことだかピンとこないかもしれないが、実はポルトガル語で「グアバ」のことを指す言葉だ。その名が示す通り、ゴイアバ(goiaba)と呼ばれる品種は、実の形がグアバを思わせることから名付けられた。通常のコーヒーの実が「コーヒーチェリー」とも呼ばれるように、サクランボを思わせるシンプルな丸い形をしているのに対して、ゴイアバの場合、実の先端の部分にぎざぎざしたものが付いている。これが「グアバ」と呼ばれる所以だ。


この「ぎざぎざしたもの」の正体は、萼(がく)の名残である。もともとコーヒーノキの花では、萼はあまり大きくなく、実が成熟していくとどんどんと退縮していくので、成熟する頃には痕跡も残らない。しかしゴイアバは萼が大きくて、実が緑色のうちはまさに「グアバのような」形になり、実が成熟してもその痕跡が残る。

ゴイアバは1938年に発見され、カンピナス試験所で研究された。萼の数は花弁と同じで基本的に5枚*1で大きく発達する。ティピカと交配させて「合の子」を作ると、中間サイズの大きさの萼ができる。さらにその合の子同士を交配した結果から、一つの遺伝子によって調節していると考えられ、Sd遺伝子*2と名付けられた。ティピカでは優性ホモ(SdSd)、ゴイアバは劣性ホモ(sdsd)であった。


ゴイアバと似た特徴を示す植物は他にもいくつか見られる。シルヴェインらがエチオピア野生種として報告した、S.3-ジンマやS.12-カッファ、アンフィロのグループでも果実に萼の名残が残る。S.4-アガロはこのグループよりも小さめの萼が残るが、この点はゴイアバのヘテロ(Sdsd)の特徴と似ていると言えるだろう。これらのエチオピア野生種とゴイアバの関係についてはよく判っていないが、同じような遺伝子変異である可能性も指摘されている。


萼が発達することの意義についてはよく判っていない。いわゆる「ベリー・ボーラー」、コーヒー豆穿孔虫(http://en.wikipedia.org/wiki/Coffee_borer_beetle)が実に入り込むのを妨げる役割がある……と一般には言われているようだが、その真偽はいまのところ明らかになっていない。

ポリスペルマ C. arabica 'Polysperma'

通常、コーヒーの実の中には2つの種子が出来る。途中で片方が発育不全になって、1つに減ってしまうケースは以前話した(ピーベリーhttp://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100522#1274485945)が、それとは逆に増えて、3つ以上の種子が出来るケース(polyspermy、多種子)もある。種子形成段階の異常*3でこうなるケースもあるのだが、その場合、一つの木に出来る実の一部にのみ多種子化が認められる。これに対して、ポリスペルマ(polysperma)と名付けられた変異種では、多種子化する割合が異常に高く、しばしば3-13個もの多くの種子が1つの実の中に出来るという、異様な特徴を示す。

ポリスペルマは古くから知られていた品種の一つであり、1913年にはすでにその名が記載されている。ブラジルにもかなり早い時期に入っていたらしく、カンピナス試験場に保存されているサンプルがいつ頃見つかったものなのかもよく判ってない。


ポリスペルマは、種子だけではなく実や花や枝にもしばしば異常が見られる。実は大きくて2-3個が融合したような形を持ち、花もいくつかが融合して大きく、花弁の数が多いものが目立つ。枝も同様に、何本かの枝が並んでくっついたような平べったい形をしたものが見られることがある。

この現象は「帯化 (fasciation)」と呼ばれ、植物では比較的しばしば見られる変異の一つだ。「お化けタンポポ」というのをご存知だろうか? タンポポが群生しているところにいくと、通常は上から見ると円いタンポポの花が、いくつか並んだ状態で融合して、毛虫か何かのような不気味な形になったものが、まれに見られることがある。それと同じ現象だ。帯化によって、いくつかのコーヒーの実が融合し、複数の種子がその中に収まるように成長することで、多種子化するのである。


ティピカとの交配実験の結果から、ポリスペルマは帯化に関わる一つの遺伝子が変異したものであることが判明し、この遺伝子はFsと名付けられた。Fsは不完全優性であり、FsFsでは高い頻度で、Fsfsではそれよりも低い程度で帯化が見られる。帯化により多種子化したコーヒー豆は、一つ一つの大きさが小さく、形もいびつになるため、商品価値はなくなる。ある意味、ありがたくない変異の一つである。

*1:多少増減する場合もある。

*2:"sepal development(萼の発達)"から。

*3:特に、胚珠(雌性配偶子)側の形成異常が原因になるケースが多いと考えられる。これに対し、エレファントビーンの原因の一つである多胚化(一つの種子の中に胚と胚乳が複数できる)では、多精拒否システムが上手く働かずに複数の花粉の精子が胚嚢に入ることが原因になるケースが多いと考えられる。