病める?巨象

通常、コーヒーの果実の中には種子が「2個」向かい合わせに収まっている。そして、一つの種子の中には、大きな胚乳と、それに埋もれた小さな胚芽はそれぞれ一つずつ存在するのが「正常な」種子の形態だ。

しかし交配時の異常などが原因で、本来種子の中に1個しかないはずの胚乳が2個、3個…と、通常よりも多く形成される場合(多胚形成 polyembryony)がある。


正常なコーヒー豆の場合、ほとんど同じ大きさの種子が、一つの丸い果実の中でほぼ同時に生長していき、最終的には「コーヒーの実」の大部分を占めるほどの大きさになる。この結果、それぞれの種子はほぼ同じ大きさで、「楕円型のボール」を縦半分に割ったような「いわゆるコーヒー豆型」の形になるのである。

果実の中にある片方の種子が多胚形成で2胚乳になると、当然、そちら側の種子の中には本来なら「2個分」の中身が詰まっているのだから、サイズはどうしても大きくなる。それでも「通常の種子」と「2個分の中身の大きな種子」の二つが、一つの果実の中で育つので、大小それぞれの種子は(多少イビツながらも)基本的には「いわゆるコーヒー豆型」の形にならざるを得ない。すると大きな種子の中では、2つの胚乳が絡み合って、一つの「いわゆるコーヒー豆型」の形にまとまらざるを得なくなる。


(下は断面図)


こうして出来た「2個分の胚乳が、コーヒー豆型にまとまったもの」を、種皮(パーチメント)から取り出してきたとき、くっついたままの状態でいれば、それが「エレファント・ビーン」になるわけだ。そして(察しがいい人なら、すでにピンと来てるだろうが)パーチメントから取り出したときにいくつかに分かれると、それぞれが、一部だけが凹んでいたり貝殻のような形になった、歪な形の「貝殻豆」になるのである。


このような交配異常によると考えられるものは、特にエチオピア産の豆でよく報告されている。エチオピアでは他の生産国のような栽培管理はあまりされておらず、またエチオピア野生種/半野生種と呼ばれる、遺伝的に極めて多様な集団が栽培されている。恐らく、これらのことが多胚形成や染色体倍数化*1のような交配時の異常が生じやすくなることに影響しているのだろう。また、ひょっとしたらエチオピア野生種などの中に、これらの表現型につながる遺伝子を持っているものが眠っている可能性も考えられる*2


いずれにせよ、このタイプのエレファント・ビーンや貝殻豆は、焙煎時に煎りムラの原因になる場合もあるため、しばしば「欠点豆」と見なされるものだ。またエレファントビーンでは、豆が大型化したことによって、機械精製などの過程で、豆が機械の隙間に挟まって潰れてしまい「割れ豆」になることがある。これも欠点豆の一つだ。ただしいずれの欠点も、あくまで「豆の変形」によるもので、他の欠点豆(発酵豆やカビ豆)と比較すると、その影響は比較的少ない。仮に混入しても問題は比較的軽微だろうし、煎りムラの問題なく焙煎できれば、品質上の問題にはならない類いの豆だろう。

*1:他の植物では、これ以外の可能性として、6倍体や8倍体など染色体が倍化したケースでの大型化が知られている。また"Bullata"と呼ばれていた品種は元から染色体数66または88であり、倍数体由来だと考えられている。ただしBullataでは染色体異常のためか、実の中に種子が出来ない「空き部屋化」が多いらしく、豆が巨大化するかどうかについての記述は見られない。ただし個々の豆では結実時に染色体倍化して大型化する豆もあるかもしれない。

*2:例えば、果実の中で種子自体の数が多くなる(3-13個)polyspermaという変異体は古くから知られている。後にこれは帯化現象にも関連しており、不完全優性遺伝子Fsで調節されていることが明らかになった。