ひとまずここまで
以上が、さび病以前のブラジルの品種の大まかな流れである…途中あちこちに余談で飛んだので、話がごちゃごちゃになったが、おおまかにまとめると以下の通り。
- ティピカ vs ブルボン → ブルボン(高収量、高品質)
- カトゥーラ発見 → 採用見送り(サンパウロに不向き)
- ムンドノーボの作出 → 採用(サンパウロにマッチ)
- 各種の黄実種 → 好まれる傾向(高収量という噂、早く熟す)
この他ブラジルで見いだされた変異種の中でメジャーなものは、豆だけでなく植物全体が巨大化したマラゴジッペ(Maragogipe)や、逆に小粒の、上ではあまり触れなかったレユニオン島由来のモカ(Mokka)くらいだろうか…。
これらについては、まぁまた機会があれば、ということで。
この他、まだ栽培品種への応用は不十分だが、カンピナスでの研究結果からは、エレクタ(枝が直立:一本あたりの耕作面積が減らせる)やセンパーフロレンス(四季咲き)など、見込みのありそうな変異種も見つかっている。
またコーヒー生産とは直接の関連は薄いが、研究上有用であった品種として、ムルタ/ナナ(ティピカとブルボンの区別を付けるのに利用)や、セラ(胚乳だけが黄色い)なども見つかった。その一方で、不都合な変異種として、上述の「空き部屋化」や帯化。その他、狭葉や斑入り、新芽の色を決める遺伝子など、カンピナスでの研究で明らかになったことは、本当に数多く、マニアックで枚挙に暇がない。
しかし、カンピナス試験所が今後も成果を上げていってくれるのかというと……残念ながら、望みは薄いかもしれない。原因は二つある。一つには、ブラジルという国自体にとって、コーヒーの研究を続ける意義が薄れつつあるらしいこと。もう一つは1990年代以降、科学の進歩に伴って、生物遺伝の研究では(カンピナスで行われたような)交配実験による「古典的遺伝学」は時代遅れのものとして敬遠され*1、DNA配列やゲノム解析による「分子生物学」が主流になってしまったからだ。
実際、コーヒーにおいても分子生物学的な手法による遺伝子解析が進められたことで、新たに明らかになったことは多い。それらは古典的遺伝学の手法では決して判らなかったことでもある。その一方で、今は古典的遺伝学は軽視されがちだ。しかし、古典的遺伝学で見いだされた「遺伝子(=遺伝的形質を伝える因子)」と、分子生物学で言う「遺伝子(=特定のタンパク質をコードするDNA)」は強く結びつくものであり、一見「時代遅れ」の知識もまた新しい研究の糧になるものなのだ。カンピナスでの研究成果の多くは学術論文の形で発表され、今はインターネットを通じて入手が容易になっている。そこから広がる新しい研究に期待しながら、僕は日々コーヒーの関連論文を読んでいる。