コーデックス委員会がオクラトキシン(コーヒー中のカビ毒)などを含む食品中の危険物質基準の策定へ
国際的な食品規格を策定している、コーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission, CAC, http://www.biotech-house.jp/glossary/glos_22.html)が、食品中の危険物質の削減のため、基準値の策定作業中とのこと。これには、食品中の危険な細菌のほか、中国で問題になったメラミンなどの化学物質も対象になっていますが、注目すべきこととして、コーヒーにも微量含まれているケースが報告されていた、カビ毒のオクラトキシンAや、アクリルアミドなどについても、新たに基準値が設けられることになる模様です。
http://blog.livedoor.jp/sun_news/archives/955386.html
http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=31370&Cr=food&Cr1=
オクラトキシンAは、コウジカビ(Aspergillus)の仲間の一種である、Aspergillus ochraceus(アスペルギルス・オクラセウス)が産生するカビ毒の一種です。食品中のカビ毒としては、「事故米」でも問題になった、アフラトキシン(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3)がよく知られていますが、オクラトキシンAもアフラトキシンと同様に、微量で肝細胞癌を引き起こすことが知られているカビ毒です。コーヒーの場合、生豆の保管状態が悪い場合にカビが発生することがありますが、このときオクラトキシン産生性のカビが発生することがあり、これが汚染原因になります。
オクラトキシンAは焙煎による加熱で分解されますが、完全には分解されずに残ります。どれだけ分解されるかについては、報告によりまちまちですが、一般には、その60-100%が焙煎によって減少すると言われています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18612917
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16019819
また抽出の過程でも除去されますが、その除去率は抽出方法によっても異なります。上記論文では、エスプレッソやモカポット(直台式エスプレッソ)などの方が(抽出前後で30%減)、スティーピングやトルコ式、ドリップ(〜15%程度減)よりも除去効率は高いと報告されてます。総合的に見ると、焙煎や抽出の過程で90%程度が分解ないし除去されるだろうと言われています。ただし、このオクラトキシンAが微量でも肝細胞癌の原因になることが知られているため、焙煎や抽出で大部分が除去されてもなお、問題になる量が含まれているケースがあるのではないか、という点が問題視されているのです。実際、微量のオクラトキシンAが抽出液から検出されることがあり、一般に流通しているインスタントコーヒーなどからも、極微量のオクラトキシンAが検出されるという報告もあります。
アクリルアミドの方もほぼ同様に、肝細胞癌のリスク因子として注目されていますが、こちらはデンプンなどを多く含む食品を加熱した時に「焦げ」を生じる反応、メイラード反応の最終生成物として生じることが知られてます。特にポテトチップスなどにおける含有量が問題になってますが、コーヒーにおいても焙煎の過程でアクリルアミドが生成し、抽出液にも微量(trace amount、痕跡量)含まれているという報告があります。
↓過去に書いた文書も参照。
http://slashdot.jp/~y_tambe/journal/84496
http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20080909
こういった点から、コーヒーにコンタミしている(する可能性のある)物質としては、これらの肝毒性物質のモニタリングが(ある意味、日本国内で勝手に決めてる農薬基準値よりも)コーヒーにおいては重要な監視項目だと言えるでしょう。
まぁ、この手のニュースが出てくると、恐らくはどこぞの新聞だのメディアサイトだので、すわ「コーヒーを飲むと肝臓がんになる?!」みたいな見出しで取り上げられるんだろうな、と思いますが、はっきり言うと、そんなことはありません(きっぱり)。
実際には、むしろ逆で、複数の疫学調査の結果から、コーヒーを飲んでいるグループの方が、飲まないグループよりも肝がんの発生リスクの低下が見られてます。これについては2007年にメタアナリシスの結果まで出ており、一日2杯で相対リスクが、およそ0.5-0.7くらいにまで低下します。
http://sites.google.com/site/coffeetambe/coffeescience/articlelist/larsson2007
日本においても、JPHC studyの結果からこの傾向が示されており、B型・C型肝炎(日本の肝がんの大部分が、これらの肝炎ウイルスによる)の患者においても、この傾向が見られてます。
以前も書きましたが、こういった疫学調査の結果がある、ということは医学上、極めて強い根拠(エビデンス)になるものであり、少なくともJPHC studyが行われていた期間、つまり1990年頃以降、日本で「ふつうのコーヒー」として飲まれていたものについては、オクラトキシンやアクリルアミドの肝毒性が問題になることはなかったのだ、と言ってよいでしょう。つまり、この当時に検出されていた量よりも「厳しい」基準値を採用する意味はないはずなのですが……まぁ正直言うと、こういった「根拠に基づく」基準値がきちんと採用されるのかどうか、この辺りには多分に「政治的」な部分も絡んでくる可能性があるので不安は残りますが……。まぁ、一週間ほど審議した後で、策定の結果が発表されるということらしいので、その結果待ち、というところですね。まぁ、変に慌てたり、騒いだりせず、冷静に事の成り行きを見守りたいところです。