ペーパーの穴開けと脂質

カフェ夢物語さん(http://ameblo.jp/cafeist/entry-10151146226.html)のところから発信された「小さな穴を開けたペーパーで抽出する方法」が、一部で盛り上がりを見せているようです。

抽出理論の方から言うと、この辺りは結局「程度の問題」の話になっちゃうという部分がありまして。正直言うと、原理的には単純なんで、ある意味(理論として考える上では)面白みに欠けるんですが、「技術的」には意味がある。簡便なやり方で味を変えることが出来る方法だと思います…ある意味「実用的」と言うか。基本的には、いわゆる「コク」を増す方向に作用する方法だと考えられます。


ただし基本的に、コーヒーの味の好みは人それぞれなんで「こうして淹れれば美味しくなる」とか「究極の淹れ方」とか言う点には、私は必ずしも賛同はしません。「最近淹れてるこの豆、もう少しコクがある方が美味しいんだけどなぁ」とか思っている人にとっては有用な(逆に「もう少しスッキリした方が美味しいのになぁ」とか思っている人にとっては逆効果な)、いくつかある方法の一つ、という位置付けですね。いわゆる"TIPS"というヤツです。ただ、何より「簡単に調整が効く」という点で、実用的に優れた方法だと思います。


フレーバーコーヒーさんの方でいろいろと考察されてますが、うーん、いくつか(表に出せる範囲で)指摘しておきますと…


「ペーパーにオイルが吸着する」ということ自体について、これはウソではありません。これについては、例えば最近だと、ASICというコーヒーサイエンスの国際学会でドイツの研究グループが(内容としては、まだ掘り下げが不十分ながらも)発表したものがありまして…。彼らは、ペーパー式のコーヒーメーカーで、注湯部分の仕組みだけを変えたもの(何点かに分散して注湯するものと、中央に太く注湯するもの)とで、カフェインと、カフェストール(コーヒーの脂質の一種)が、どう抽出されるかを見てるのですが、この実験でもカフェストール(カフェインに比べ、抽出されにくい)がペーパーに吸着していることを見ております(本文は有料ですが、英文の要旨PDFはこちら→ http://www.asic-cafe.org/pdf/abstract/PC705_2008.pdf)。まぁこれについては割と昔から(http://sites.google.com/site/coffeetambe/coffeescience/physiology/coffeetaste/lipids/extraction)報告があった辺りでして。


少し面白いのは、粗っぽく注湯するタイプの方が(粉層のへこみも大きいのですが)カフェストールの抽出量が多く(倍くらいになる)、ペーパーへの吸着も増えているというところ。この辺りは、実は「抽出の終わりあたりに、少し粗く注いだ方がコクが出やすい」というのと、恐らくリンクしているところなので。ちなみに、こちらの方がカフェインの抽出効率も上がってます…カフェインはもともとの抽出効率がいいので、カフェストールほどの差は出ませんけど(カフェインは1割増しくらい)。

 
まぁぶっちゃけて言いますと、以前フレーバーコーヒーさんで少しだけ披露した私の抽出科学理論の方が、まだ一歩先を行ってるわけなんですが、向こうは一応なりとも定量したデータ出してるからなぁ、と羨ましかったり。


カフェストールの量と、コーヒーの脂質全体の量を同様に見なしていいか、という問題はありますが、基本的には同じような挙動を示すものと考えられますから、まぁあまり大きな問題ではないかと。そこらへんを言うと、むしろフレーバーコーヒーさんの言う「オイル」を、化学的に言う「オイル」と一緒にしていいのか、という辺りの方が大きな問題だったりするので…。例えば、コクの元になるものを全部「オイル」と認識してはいけないんじゃないかとか、コーヒー中の脂質は必ずしも目に見える油滴の形では存在してない〜マヨネーズの油分がそうであるように〜し、浅煎りの方が油滴が目立つことが多くても、「抽出される」脂質の総量は実は深煎りの方が多い、とか。


んじゃ、何でコクが増すのか、ということになるのだけど、ここらへんはコクを生み出すものは何か、という辺りのややこしい話になるんで、まだはっきりと言える段階じゃないです。まぁ可能性としては、穴を開けた方が結局オイルの抽出量が増えるんじゃないの? とか、微粉でなく「微粒子」の抽出量(昔は、固形分とかも言われてましたが)に影響するんじゃないの、とか…まぁ、今の時点で言えるのはそれくらいでしょうかね…。