コーヒー「こつ」の科学

コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために

コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために

石光商事の石脇さんによるコーヒー本です。石脇さんは、数年前にコーヒー検定協会の検定教本の大半をまとめあげた人で(そのとき私もコーヒーと健康の記事を寄稿したりしたのだけど)、コーヒーの科学的知識をきちんと把握しているという点にかけては、日本でもトップクラスに当たる人です。(知り合いの本にレビューを書くのは書きにくいというところもあるんだけど、まぁそれはさておいて)

Q&A形式でまとめられた柴田の「こつの科学シリーズ」のスタイルに則っており、1テーマごとの文章が比較的短くまとまっているため、一般読者にとって比較的読みやすいと思います。また特に秀逸なのが、効果的に差し込まれたイラスト。ユーモラスで判りやすいイラストのおかげで、ともすれば難解になりがちな内容が理解しやすいように進められてます。余談だけど、石脇さんの似顔絵は劇似だと思う(笑)


また肝心の内容ですが……。これまでに日本で出版された「コーヒーの科学」とか「コーヒー学」の本は数多くあれど、きちんと正しいことが書かれているか、大事なこととそうでもないことの区別がなされているか、という点から見ると、満足いくものは少ないというのが(残念ながら)現状でした。その点、この本ではこういった問題がかなり改善されていると言っていいでしょう。特に巷に流布しているコーヒーにまつわる誤解を正す上では重要な役割を果たすことになると思います。その点で、より多くの人に読んで欲しい一冊です。


ただまぁいくつか気になることとして三点ほど挙げておきますと。


まず一つは、読者層としてどのへんの人が対象になるのかな、という点。個人的には、あまり馴染みのない生産〜焙煎、流通あたりの生の声が聞けた、というところに価値を感じたのだけど、おそらくまるっきりのコーヒー初心者にとっては敷居が高い話も多いかなと思います。それどころかコーヒー好きでもアマチュアにも厳しいかもしれない。まぁこのあたりは柴田の本でもあるし、自家焙煎業者などのコーヒー関係者あたりをメインターゲットにしてるのかな、とも思いますが。


それから二つ目。これは前の検定教本のときにも感じたのだけど、全体として化学が弱いなぁ、という印象を感じました。この辺りは、元々石脇さんは工学分野の人だし、ここらへんの化学は理学よりの話だから、苦手なのか、あるいは元々あんまり重要視してないのかなぁとか、あるいはそもそも化学の話についていける人の方が少ないから、編集の方針で仕方なく削られたのかなぁ、とか色々推測したりもするのだけど。でもせっかく、ClarkeのCoffee:Recent Developmentsまで引用しておいて、この内容止まりというのは勿体ない。というか「キニド」(または「キナ酸ラクトン」)という名前すら出て来ない(あるいは出せない)というのは、これが「一般向けの商業出版」の限界なんだとしたら、かなりキッツイなぁ、というのが正直なところ。


それから三つ目は、いくつか気になる表現やおそらくは間違いだろうという部分がいくつか散見されるということ。これはまぁ仕方のないことだし、それでもこれまでに出た本と比べると雲泥の差なんだけど。そのうちのいくつかは、どっちかというと種本(川島さんのとか)の段階からある間違いだったりもするし、ここらへんをきっちり反論しようと思うとそれなりに大変だからなぁ。


まぁ機会があれば反論できるようなデータを揃えて発表したいところ……つっても、この辺を発表できる公式な媒体がないというのが、日本のコーヒーを取り巻く環境の最大の問題なんだけどねぇ。文化学会でも、金沢大のプロジェクトでもなく、きちんとしたアカデミック主導の研究会か何かが必要だよなぁ…とは思うのだけど。