ふるへっへんど(1)

SCAAフレイバーホイールの下訳段階での、ちょっとした裏話。

Acrid

Taste/Aromaホイールのうち、Tasteのいちばん最初、「すっぱさ」グループの最初に"Acrid"が出てきます。今回、「いがらっぽいすっぱさ」という訳語が採用されてますが、これを単に「いがらっぽい」とすべきかどうか、かなり悩んだ部分です。


"Acrid"という語は、苦味や辛みがきつく、喉の奥にまでいがいがとする感じが残る、刺激性の、刺すような不快な味を意味する語です。通常は、苦味(bitterness)や渋み、えぐみ、辛み(pungent)などからくる刺激性の味に使われることが多いです。「喉に来る、きつくて不快な」という部分に対しては、「いがらっぽい」という語を当てています。「いがらっぽい」という日本語は、「えがらっぽい」とも言われますが、「えぐい」と「からい」が合わさってできた「えがらい」という語に由来するそうです。


「えぐい(強い渋み、苦味)」と「からい」の二つの味から生まれた「いがらっぽい」と、"bitter"と"pungent"の二つの意味を主に含む"Acrid"、日本語と英語のそれぞれで、同じような意味合いを持つ言葉が生まれているのは、面白い一致だと思います。


ただし、SCAAフレイバーホイールでは「すっぱさ」のグループに割り振られています。実は、Acridは、きつくて不快な酸味についても用いられることがあります。例えば、非常に、濃いお酢を飲んだときの、むせ返るような、喉に刺激が来るような味も"Acrid"と表現されることがあります。


フレイバーホイールのtaste(左半円)の部分は、上半分が「酸味」に関連した語が割り振られていますが、上にいくほど「すっぱさ」が際立った味になってます。

#…実は、SCAAフレイバーホイールのうち、特にTasteの部分は、もともと結構いい加減に割り振りされてるものなので、あんまりこだわっても仕方ない、というところはあるんですが。


昔から知られてるように、コーヒーの味の英語表現で、"Sour すっぱい"というのはしばしば否定的なニュアンスを伴います。これに対して、良質な酸味を表す言葉が"Acidity [コーヒーの]酸味"という表現です。この辺りは、生理学的な味覚用語での「酸味(sourness)」とは齟齬があるのでややこしいですが、日本語でも「すっぱい」と「酸味がある」では、概ね前者の方が、酸味が強く、場合によってはネガティブなイメージを伴いがちなのと共通しているかもしれません。"Acrid"は、この「すっぱさ」を表現する言葉の中でも、もっとも強烈なイメージを持つ語だと言えるでしょう。


SCAAフレイバーホイールが作られたころまでに、アメリカのコーヒー人がまとめた「香味表現の分類」としては、Michael Sivetz が1960-70年代に著したものがあります。これらの中に出てくる「語彙」を元に、SCAAフレイバーホイールとしてまとめるにあたっては、SCAA元会長 Ted "The Legend" Lingle が大いに活躍しました。


"Acrid"について、Sivetzも「きつい苦味やえぐみ、辛みで、焙煎しすぎた時に出る味」と説明しており、元々コーヒーでも苦味や渋みについて用いられることが多い表現です。しかし、SCAAがホイールにまとめる際は「すっぱさ」にグループ分けされた、ということのようです。フレイバーホイールを扱う上では、出来るだけ、製作したSCAA側の意図を汲んだ方がいいだろう、ということで「いがらっぽい」に「すっぱさ」の一語を付け足しました……が、蛇足だったかなぁ、でもやっぱり…と、個人的には今でもまだ悩み続けてる部分の一つです。