小豆な品種
一方で、種子そのものが小さくなるタイプの品種も知られている。これらはいずれも、種子や生豆「だけ」が小型化するのではなく、樹そのものや葉なども小さくなるし、節間も短くなる、いわゆる「矮性種」に分類される変異体だ。
コーヒーの場合は、一般に小さなコーヒー豆は商品としての価値が低いので、このような品種は商業栽培で敬遠されがちである。しかし、いくつかの品種は豆は小さいながら、過去に非常にすぐれた品質だと評価された経緯から注目されている。
ローリナ
そのうちの一つは以前(http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100518#1274176923)触れたローリナ(Laurina,別名ブルボン・ポワントゥ)である。「ポワントゥ (pointu)」という言葉はフランス語であり、英語では"pointed"「先の尖った」という意味である。詳しくは、川島氏の『コーヒーハンター:幻のブルボン・ポワントゥ復活』(http://www.amazon.co.jp/dp/4582833888)を参照されたい。
その名の通り、ローリナの生豆は先端が尖った細長い形状をしていて、その元になったブルボンよりもやや小型である。ただし、この尖った形状自体がそもそも独特なので、「小型の豆」というイメージからは少しずれるかもしれない。
この他、ローリナには樹形がクリスマスツリーのような円錐形になることや、葉が細長くなるなどの特徴も見られる。また、生豆でのカフェイン含量が通常よりも低くなることも、ローリナの興味深い特徴の一つである。
モカ
もう一つは、ブラジルで「モカ」(Mokka, Moka)という品種名が名付けられた矮性の品種である。
「モカ」という名称は、歴史的に見てもコーヒーにまつわる言葉の中で、もっとも紛らわしいものの一つである。ご存知のようにイエメンのモカ港のコーヒーを指すのが原義だが、ブラジルでは上述のピーベリーも「モカ」と呼ばれるなど、きわめて多義的な言葉になっている。今回の解説では、これらの意味とはことなり、ブラジルで「モカ」という品種名が名付けられたものについてのみ言及する。
この品種は、樹そのものも葉も、果実も種子も、全体的に小型化した矮性種である。生豆はこれまで知られている品種の中では最も小さくて、その形状はブルボンと同様に(あるいはそれ以上に)丸い。
これと同じ特徴を示す植物は、Cramerによって1913年に報告され、C. arabica var. mokkaと名付けられている*1。これもローリナと同じく、レユニオン島に移入されたブルボンがそこで新たに変異して生じたものだと考えられている。
(いちばん左がモカ:中央がティピカ(ブルーマウンテン)、右がマラゴジッペ)
(協力:カフェバッハ)
モカもローリナと同様、高品質のコーヒーとして評価されていた歴史を持つ。また、カフェイン含量もローリナと同じように低いことも明らかになった。このことから、ブラジルのモカについても研究者の関心が向けられた。古典遺伝学的解析の結果、Lr遺伝子が劣性ホモ(lrlr)であることに加えて、Moと名付けられた遺伝子が劣性ホモ(momo)のときに、全体が矮性化した「モカ」の形態になることが判明した。
- ローリナ:lrlrMoMo:小型で細長く尖った豆、円錐型の樹形、低カフェイン
- モカ:lrlrmomo:非常に小さく丸い豆、樹全体が小さい、低カフェイン
その後さらに、モカとレッド・ブルボンの交配実験が行われた結果、LrLrmomoやLrlrmomoでは、生豆はモカと同じ形態になるが、樹のサイズやカフェインの含量は通常のレッド・ブルボンと同じになった。つまり、モカに見られる豆の小型化は、Mo遺伝子によって支配されていることが明らかになっている。
現在、ブラジルでは商業レベルでの栽培は行われていないようだが、1950年代の半ばにハワイに移植されており、マウイ島の一部の農園(カアナパリ農園 http://www.kaanapalicoffeefarms.com/coffee/coffeeinkaanapali.html)で栽培されてきた*2。小規模ながら、高品質の品種として、実際に商業栽培を行っているようだ。またハワイ農業研究センター(HARC http://www.harc-hspa.com/)では、このモカを元に新しい品種の育種に取り組んでいる。