シャンパンボトル入りのコーヒー豆

#石脇さんのところでも情報出てたので、こちらでも出してみる。

コーヒーハンターの川島さんが、シャンパンボトル入りの最高級焙煎豆をプロデュースするとのこと。
http://www.grand-cru-cafe.com/


シャンパンボトルを使って焙煎豆を高圧保存するというのはアイデアとしては面白い。
けど、おそらくはメリットとデメリットの両方があるので、使いどころを考える必要があるだろうなぁ。


本当言うと、こういうのは、有用性を主張する方の側が、メリットだけでなくデメリットも含めて前もってきちんと予測し、きちんと総合的なデータを出すというのが「科学の世界」では常識だし、そうでないデータは論文公表前に査読で叩かれるのだけど、この辺りのシステムがないままに、怪しげな「自称・科学的」が蔓延してるというのが「コーヒーの世界」だから。

#まぁあんまり他人のことは言えないけど。


今回のもきっちり反論するには、科学的なデータがあるわけではないのが難しいところなんだけど。川島さんや石脇さんの主張には結構こういう部分があるのが、ややこしいところ。以前みたいに、簡単に否定できるような大きな間違いがない分、細かな部分で「そりゃ違うんじゃない?」というところが出てくる。もしかしたら本人は正しく理解はしてるのに、書き方なんかの問題で、そういう「細かな違い」が出てるのかもしれない。けど、それが勘違いとして世間に蔓延しちゃうと面倒。でもきっちり反論するには、それなりの証拠が必要になる、みたいな。


えーと、ざっくりと言えば、この方法はコーヒー豆から初期に放出される香気成分のロスを防ぐものとしては確かに効果的だけど、長期間の保存には適さない可能性がある。


一つには高圧状態で保存するため、豆の品質低下につながる化学反応の速度が上がるということ(例えば、キニド→キナ酸のような加水分解反応は高圧下で促進される。水分はもちろん厳禁にしてるはずだけど、原則、焙煎豆といえど完全に水分を含まないというわけではないし。あと酸化については、酸素分圧自体はそう変わらないと思うので、高圧酸化という面では影響はでないかも。ただし……以下後述)。これは恐らく確実に起きることに当たる。


もう一つは、これよりは可能性が低いけど、豆内部での残存酸素の関係。豆内部はかなり入り組んだ状態であるため、酸素を含んだ空気が内部に残存してるのだけど、通常は豆から発生する二酸化炭素により、これが追い出されていくと考えられる。今回の方法では、この効果が減少し、焙煎後に進行する化学反応に影響する可能性がある。このあたりは、今回のが「これまでになかった保存法」であるため、その影響は未知数。
ついでに言うと、コーヒーの香気成分のうちで「いい香り」として分類されるものにも、焙煎された後に常温で増えていくようなものがあるのだけど、これらの生成に対する影響なんかも未知数。


ここらへんが、おそらく「デメリット」になりうるところ(つっても脊髄反射で思いつける程度の内容なので、実際もっと深く掘り下げて考えると、いろいろ出てくるかもしれない)


その一方で、面白いと思う点としては…焙煎豆からの香気成分ロスは、実は成分ごとに違う挙動を示すことが判ってる(この辺りはちゃんと論文にもなってる)。以前、パナマゲイシャを飲んだことがあるけど、ああいうフローラルな香りというのは割と半減期が短い。あと、穀物を焦がしたときのような匂い(ケトン・アルデヒド)も比較的早い(これが「焙煎直後」の香りとして、他の香りをマスクしてると考えてる)。その一方で、スパイス様やスモーキーな香り(フェノール類)の匂いは長く残るし、含硫化合物系の匂いも割と残りやすい(これは消失速度だけでなく、焙煎後に生成する分もあるため)。

したがって、スパイス様の香りに特徴のあるような豆だと、実はこの包装による効果は低く(コストパフォーマンスが悪い)、その香りの特徴によって、ゲイシャみたいなのは特に効果が期待できるものになるだろう。


この包装は、要するに「焙煎してから、客の手元に届くまでのn日間」に失われてしまう香りをできるだけ逃がさず、これまで「焙煎後n日」で手元に届いてたものを「焙煎後n-α日」にする、と考えればいい(香りのロスに関してだけは。他の成分の挙動についてはどうなるか未知数で、下手するとn+β日とかになりかねないんだけど、まぁ短期であれば影響は少ないでしょう)。

まずは手元に届いたところで、出来るだけフレッシュな香りを楽しみ(直後に淹れるのが適切かどうかは、また微妙かな…「こつの科学」にもあるように、炭酸ガスの発生が多すぎると淹れにくいし)、後は「コーヒーは生鮮食品」ということを忘れずに楽しむ。
とはいえ、最近は輸送にかかる日数自体が短くなってるから、もともとn=1〜3程度のことが多いわけで。そこをさらに減らすことに価値がある、と言えるだけのコーヒー豆であるときだけ、この方法を用いる意義はある。


一般に「高品質」と言われるものでも、そのタイプによってはこういった包装の必要性がない(多少はましなんだろうけど、包装に掛ける金の分だけの効果が得られない)というものが多いでしょう。むしろ、そういうコーヒーはほとんどない、と言ってもいいかもしれない。まぁ、今回のものは「あの」コーヒーハンター川島さんが自信を持って、世に問うものなので、そこらへんの品質には問題はないのでしょうけど、これに便乗して「何でもかんでも、シャンパンボトルに詰めて高く売る」なんてのが出て来ないように願ってます。「豪華にデコレートしても、石ころは石ころ」というみたいな状況になっていくのは、ちょっと願い下げ。