ふるへっへんど(6)

久しぶりでいきなりですが、ぶっちゃけた話。

SCAAのフレイバーホイールは、それまで何の規準もなかったコーヒーの香味表現の世界に、「ものさし」となる語彙を示したという点で、大きな意義があったと思います。特に香りの表現について、それまでになかった多様な比喩表現を持ち込んだことも大きな功績だったと言えるでしょう*1。しかし、その反面で、コーヒーの味についてのまとめ方は、はっきり言って「お粗末」だと思ってます。この辺りは、Michael SivetzやTed Lingleなど、アメリカを代表するコーヒー人たちが「コーヒーの香り」を重視する一方で、「コーヒーの味」については*そこまで*重視してこなかったことに結びつくのだと考えています。

Aroma/Taste Wheelの左半円、Taste側がどうまとめられているかを見てみると、その辺りが「透けて」見えます。


まず、いちばん内側の部分。"Sour, Sweet, Salt, Bitter"という4つの項目が、それぞれ均等に割り振られています。ここを「きっちり4等分」にしてる辺りが、そもそも「扱いが雑」なのです。実は、この4項目は「酸味、甘味、塩味(鹹味)、苦味」、つまり「味覚の基本4味」のことを意味してます。

生理的な「基本味」としては、現在「酸・甘・塩(鹹)、苦・旨」の5つが、広く合意を得ています。このうち「旨(うま味)」は、日本人の池田菊苗が発見したもので、それが欧米などに「基本味の一つ」として認められるようになったのは、比較的最近のことです。このフレイバーホイールの原型となる、コーヒーの味要素の分類が生まれた当時、欧米ではまだ「基本4味」でしたし、科学の世界で「うま味」が基本味であると認められるようになってからも、一般の人の認識としては「基本4味」がやはり主流です。


しかし、実際のコーヒーの味に、この「基本4味」がもれなく均等に含まれてるわけではありません。コーヒーの味についての表現語彙をまとめると、苦味(+渋み)と酸味についての表現が多く、次いで若干、甘味についての表現が出てきます。塩味、旨味を表す語彙はほとんど出てきません*2。SCAAでも同様の傾向はありますが、元々アメリカでは、日本やヨーロッパに比べて苦味が専らネガティブなニュアンスで受け止められる傾向が強く、その分、酸味について好意的に評価する傾向が見られます。

実際、フレイバーホイールの外周側の用語を見ていっても、ポジティブなニュアンスを示す「(生理的な)甘味」のところに、acidity、piquant、nippyなど、「明らかに生理的には酸味に当たる」語彙がまとめられてます……かと思えば、"Acrid"のように、どっちかと言えば、一般には渋み(えぐみ、苦味)や辛みとの関連が強く、酸味との関連は二の次になるような語彙が「すっぱさ」の最たるものとして書かれていたりする…


このようにSCAAフレイバーホイールは、とりあえず「基本4味」に4等分し、そこに、コーヒーの味覚表現として使われてきた英語の語彙をけっこうテキトーに載せているという面があることは否定できません。実際、以前バッハから質問した際に、SCAAの科学顧問も「そこらへんは、元々、あまり厳密に区分しようとして作ってはいないから」と述べていたそうです。なので、その辺りは、あくまで「SCAAの考え方はこうなのだ」と捉え、決して「こういう風に決まってる(定義された)ものなのだ」などと四角四面に受けとらない方がいい、と思っています。

*1:ただし、この点についても、僕は功罪相半ばす、という風に捉えてますが。

*2:日本人のコーヒーの香味表現については、食総研の早川先生がまとめた「コーヒーの評価用語一覧(日本家庭用レギュラーコーヒー工業会が http://coffee.ajca.or.jp/usc/pdf/book.pdf で配布している)」を参照。特に「一般向けの表現」ほど、この傾向が明らかになる。