『珈琲の世界史』紹介(4)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

出版社から見本が届きました。実際に手に取れる形になると、本が出るという実感が湧いてきます。

帯の英文の"world history"。直訳すると「世界史」ですが、英語での「world history」は、しばしば「global history」「transnational history」などとの同義語として用いられます。つまり、単に「日本史」との対比で、「日本以外の世界各国の歴史」を辿るというだけではなく、国と国との関係性など……つまり、歴史という時間の流れを「縦糸」に、その時代時代に各国で起きた出来事を「横糸」にして、関連性をつないで理解しようという考えです。


特にコーヒーの場合、歴史的に「消費国」と「生産国」が割とはっきり分かれており、双方の歴史を対比させることで見えてくることが多々あります。

例えば「日本の喫茶店の原点」と言われるカフェー・パウリスタ。1911年に「ブラジル移民の父」と言われる水野龍が『その働きへの報償として』サンパウロ州政府からコーヒー豆の無償提供契約を取付けたことがきっかけで開業した……と日本では語られます。しかし、これをブラジル側から見た場合、別のストーリーが存在します。

じつはこの頃、生産国の無秩序な増産によって、世界のコーヒー生産は供給過多になっており、何度も価格崩壊の危機に直面していました。当時の最大生産国ブラジルでは、ヴァロリゼーションという価格維持政策をはじめていた時代です。また(このときは何とかなったものの)ブラジルでは世界恐慌の頃には生豆を大量に焼却処分する羽目になっており*1、こうした過剰生産のときには、余剰の生豆をどうするか、その処分先にも頭を悩ませていた時期だったのです。

ブラジル側としては焼却処分するくらいなら、なんとか有効な使途を狙いたいところ。そこで、たとえ無償提供でも、まだコーヒー消費が少ない国にばらまくことで、新たな市場を開拓したいと考えたわけです。このブラジル側の思惑が、ブラジル移民の生活向上を考えていた水野の理念とも合致して、無償提供が行われた……そういう背景があるのです。


こうした歴史の捉え方は、近年の歴史学で「流行り」の手法の一つで、日本でも「グローバルヒストリー」と呼ばれます。また、国と国だけでなく、その時代ごとに起きた政治や経済、文化などの動きとの関係性にも注目して、多角的な視点から歴史の動きを捉え直そうという取組みでもあります。

本書ではこうした「グローバルヒストリー」の手法を取り入れながら、コーヒーの辿った歴史の流れを解説しています。特に、各時代や地域で「なぜ、そういうコーヒーの動きが生まれたのか」という、その理由を解き明かすことに注力しました*2。例えば、トルコ/イギリス/フランスで、カフェハネ/コーヒーハウス/カフェが流行した背景には何があったのか、18-19世紀に多くの国々がコーヒー生産に乗り出したのは何故だったのか……こうした「なぜ」に答える本になればと思っています。

*1:この処分の背景には、このときのコーヒー価格暴落が引き金になって、それまでのサンパウロ州政府の寡頭支配体制が崩れ、ヴァルガスらが革命政権を起こしていたから、というのもあるわけですが。

*2:今思えば、初稿の段階では説明不足のところが結構あったのですが、編集氏の指摘のおかげでかなり多くの部分を説明できたと思ってます。