ババ・ブダンのコーヒー

さて、このババ・ブダンが伝えたとされるコーヒーは「オールドチック Old Chiks」と呼ばれ、栽培品種に相当するものである。"Chiks"というのは、聖堂があるチッカマガルール (Chickmagalore, Chikkamagaluru, Chikmagalore, Chikmagalur) という地区名から来ている。


インドで最も古いと考えられるこの品種は、1820年以降まで栽培されていたものの、残念ながら現在はもう残っていない。1870年頃にインドでさび病http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100517)が流行したとき、さび病への耐性を持たなかったために、オールドチックのほとんどがやられてしまったと考えられている。また、ごく一部残っていたものについても、後にさび病耐性の品種として見つかったケントやS.795、あるいはロブスタやハイブリッド品種などに完全に置き換わってしまった。このため、その特徴や品質などについて知る手がかりは残されていない。


ただ、ひょっとしたら現在各地で栽培されている多くのコーヒーノキが、このオールドチックの子孫に当たる可能性もある。オランダ人が1696年と1699年に、ジャワ(インドネシア)に持ち込んだコーヒーは、インド西海岸のマラバールで入手されたものだと言われている。ひょっとしたら、このときのコーヒーがオールドチックだった可能性も残っている。もしそうだとすれば、このときの子孫の一つが、後にオランダからパリを経てマルティニーク島に渡った「ティピカ」である可能性もある。またインドネシアでわずかにさび病を逃れて残っていた「バーゲンダル」や「シディカラン」、そしてそれが後にブラジルやハワイに渡った「スマトラ」や「コナ」など、ティピカの系譜に連なる品種の多くもまた、このオールドチックの子孫なのかもしれない……そう考えると、この「オールドチック」への興味は尽きないのだが、元となるオールドチックが失われてしまった以上、比べて検証することはできない。返す返すも惜しまれる話だ。