コーヒーさび病とは

まずは、この「コーヒーさび病」について概要だけ説明しておこう。「コーヒー葉さび病」、"coffee rust"、"coffee leaf rust (CLR)"とも呼ばれる。「コーヒーさび病菌」Hemileia vastatrix (ヘミレイア・ヴァスタトリクス http://en.wikipedia.org/wiki/Hemileia_vastatrix)という名前のカビによる、植物伝染病だ。発症すると、葉の裏側に赤さびのような斑点がいくつも現れて次第に広がり、やがてその葉は枯れ落ちる。さび病変は葉から葉へと広がり、最終的には一本の木全体の葉が落ちてしまう。葉を失ったコーヒーノキはもはや光合成を行うことはできず、やがて木そのものも枯れてしまう。


恐ろしいのは、このさび病菌は「空気感染」するということだ。さび病の胞子は空気中を漂い、雨が降るときに地上に降り注ぐ。この雨滴がコーヒーノキの葉にかかることで感染する。葉に付着した胞子が生長すると、カビはコーヒーの葉の「細胞の中にまで」潜り込み、そこでしばらく潜伏感染した状態になる。一旦深く潜り込んでしまうと「根を張った水虫」よりもたちが悪い……もはや完全に取り去ることは不可能と言ってもいい。そして生育に適した気候になると、一気に増殖し、葉の裏側に赤さび色の胞子(分生子)を付ける。感染した一本の木からは、数十億個の胞子が新しく生まれ、まもなく農園全体、産地全体に広がって、すべてのコーヒーノキを壊滅させる。より詳しい内容については、ニコラス・マネー『チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話』(http://www.amazon.co.jp/dp/4806713724)を参照して欲しい。


一般には、これまでに二度のコーヒーさび病の大流行…「パンデミック」が発生したと言われる。最初のパンデミックは、19世紀中頃。1860年代から19世紀末にかけて、東南アジアで壊滅的被害をもたらしたものである。そして2回目のパンデミックは、それから約1世紀を経て、1970年代に中南米で発生したものである。以下、それぞれ「第一次さび病パンデミック」「第二次さび病パンデミック」と呼ぶことにしよう*1

*1:厳密には、二度のパンデミックは不連続に発生したわけではない。第一次パンデミックで、東南アジアで爆発的に発生した後、大規模な発生でこそなかったが、マダガスカル、東アフリカ、イエメン…と西向きに徐々に拡大していき、1950年代にアフリカ大陸西岸に到達した。その後、貿易風に乗って大西洋を渡り、1970年代にブラジルに到達したと考えられている。なおこれらの伝播は主に、空気を介したものだったという説があるが、実際にはそれ以外にも、人が運んだケースも十分に考えられる。